死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈24〉第三章-01
第三章
荒井端望 編-01
《 覚悟 》
——— スマホのアラームが鳴るのと、ほぼ同時に目が覚める。
学生時代から
前日にどんなに飲んでも、そしてどんなに疲れていても、起きようと決めた時間に起きることができる。
誰もが羨む望の特技だった。
しかし、こんなにも優秀な体内時計を備えているにも関わらず
時折、食事や睡眠を忘れて働き続けてしまうという厄介な奇病も併せ持つ。
今日もいつもの様に、狙った時間にスッと目が覚めた。
しかし、いつもとは違いスッキリとした朝ではなかった。
昨日の晩のことが現実か、はたまた夢なのか頭をかきながら記憶を整理していた。
「確かめるか」
一言呟き、そのまま顔も洗わず部屋を物色しはじめた。
もし昨日のことが現実で、ノンフィクションならば、部屋にカメラが設置されているはず。
昨晩
手渡されたタブレットを見ているときに、ちょうど一週間前の写真から、撮影角度が変わったことに気付いていた。
その写真から、部屋のどの位置にカメラがあるかを割り出して記憶していた。
超小型のカメラが故に、"そこにある"ということを知らなければ気付くことはほぼ不可能。
だが、望は"ある"ことを知っている上に場所も把握している。
それさえわかっていれば
その場所のどこに仕掛けられているかを見つけ出すのは、観察力の優れた望にとって
赤子の手をひねるよりも、ほんの少し難易度が高い程度だった。
望は手際良くデスク横にある本棚と背後にあるクローゼット、エアコンの中、その他にも3箇所に設置されたカメラの前に遮蔽物を置き、監視カメラという名の赤子の手を次々とひねっていった。
「ノンフィクションか...」
ポツリとつぶやく。
昨日の段階で松本にカメラを外すよう頼むことも可能だったが
仮に松本の言うことが本当であれば、相当な力を持ったヤバい組織が相手ということになる。
松本の行動を常に監視していてもおかしくない。
なんだったら昨日の密会もバレている可能性だってある。
これ以上余計な動きを見せて、予定よりも早く捕まっては元も子もない。
仮にリアルタイムで監視をしている場合でも、カメラを無効化した途端いきなり乗り込んでくることはないはずだ。
話が本当なら、俺を犯罪者に仕立て上げなければならない。
監視カメラを遮ったからといって強行手段に出るなんてことは
長い年月をかけて監視をしてきた組織のやることとは思えない。
恐らくカメラが機能しなくなった場合でも監視できるよう、エージェントが待機しているのだろう。
——— 昨晩、望は松本に自身の確保日を二日後、つまり明日の午前中にするよう伝えていた。
あまり先延ばしにすると決意がゆらぐと考えたためだ。
俺は『今日』という時間を有意義に使えればそれで問題はない。
さて、ベストセラー作家と秘密結社の化かし合いか、、、
小説の題材としても面白くできそうだな。
そんなことを思いながら、望は過去最高の集中力を発揮し、最後の仕事にとりかかる。
結局、夜になるまで望が部屋から出ることはなかった。
——— 裕介が部屋をノックし、夕食の準備ができたことを告げる。
住み込みを始める時に、望の両親から出された条件の一つに『一日に一食は強制的に食べさせること』というものがあった。
かつて集中しすぎて食事や水分、睡眠をとることを忘れ、栄養失調で病院に運ばれた前科があるため、望もそれに渋々合意した。
午前中が一番集中できるということなので、裕介から声をかけることはせず、
朝食と昼食は望が自分から部屋を出てきたら用意することになっている。
そのかわり、夕食はいつも決まった時間に食べることにしていた。
朝から晩までノンストップで作業を行っていたため、立ち上がった瞬間体の至る所から悲鳴にも似た音が響く。
しかし、その甲斐もあって望は最後の仕事を無事仕上げることができた。
裕介に呼ばれ部屋を出て顔を洗う。
リビングに行き「おはよう」というと「こんばんは」と返ってくる。
こんなことが週に3〜4回はある。
裕介も最初は驚いていたが今では慣れっこだ。
そんないつも通りの挨拶を交わし、食卓につく。
今日のメニューは唐揚げ。
何歳になっても男は唐揚げが大好きな生き物だ。
裕介の作る唐揚げはニンニクが効いていて米が進む。
男子大学生が喜ぶような味付けの料理が多いが、そんな裕介の味付けが望には心地よく感じていた。
報告書に合った通り、ビタミンAが不足している。
いや、今日に限っては、白米と大量のから揚げのみだ。
裕介の場合、世界から野菜が絶滅しても献立を決めるのに苦労はしなさそうだな、なんてことを考え思わず笑いそうになった。
とはいっても、望もから揚げが大好物のため、何も苦ではない。
「美味そうだな~」
と言いながら箸を伸ばす。
今日は一段とニンニクのパンチがきいている。
「あ、望さん!今回も明日用にカレー作ってあります!ご飯は朝炊けるようにタイマーセットしてあって、おかずは何種類かあるので気分で好きなもの食べてください!」
「ありがと、人参はちゃんと煮込んだ?」
「あー、、、まぁ食べてのお楽しみです!」
何気ないやり取り。
裕介は明日は丸一日休みのため、今晩家に帰ることになっていた。
自分が休みの日は、いつもカレーを作っておいてくれる。
味は美味いけど、人参の火の通りがあまく、顎へ的確にダメージを与えてくる。
それが裕介カレーの特徴であり、弱点でもある。
そんな他愛も無い話をしながら共に食事をするのもコレが最後になるかもしれない。
そう考えると、今度は泣きそうになる。
心のどこかでDPAなんて秘密結社は、
いい歳した大人が拗らせた、イタい妄想であってくれと願ったが、実際に部屋にはカメラが設置されていた。
しかも俺しか知らないようなことまで資料として見せられた。
さすがに想像力豊かな小説家でもコレはノンフィクションだと信じざるを得ない。
そうして夕食を終え、時計を見るとまだ21時前だったので、裕介を誘って2人でEau de Vieへと飲みに行くことにした。
酒を片手に小説談義に花が咲き、あっという間に時間は過ぎて、時計の針は既に0時を回っていた。
2人は飲みすぎたと少し後悔し、笑いながら店を出る。
終電がなくなったため裕介をタクシーで帰らせ、望は家までの僅かな時間を、
今日の楽しかったひと時を思い返しながら、いつもよりも時間をかけて歩いた。
——— 寝室で横になり目をつぶるが、眼が冴えてしまって中々寝付けない。
こんなときは色々なことを考えてしまう。
以前読んだ本に『人間は多くの生き物の中で唯一、死ぬことを知っている生き物』ということが書かれていた。
いつか終わりが来るからこそ、人間は今日を精一杯生きるといったような内容だった気がする。
今だからわかるが、コレはまったく本質を理解していない。
明確にいつ終わるかを理解した望だからこその正しい意見だった。
これまでも一生懸命生きてきたつもりだったが、今日ほど"イマ"に集中して生きた一日はなかった。
望は実家にいるときから、食事中にスマホを触ることはなかった。
だが、頭の中では小説のことなど別のことを考えながら食事をしていたことを振り返る。
しかしどうだろう、今日の夕食は『最後の晩餐』ということを意識したからか、今までよりも何倍も美味しく感じた。
更に裕介との会話もいつも以上に盛り上がった気がする。
目の前のことに100%集中して過ごせたのは、ひょっとすると人生で今日が初めてなのかもしれない。
望の辿り着いた答えはこうだ。
人間は死を理解してはいるが、なぜか他人事のように感じている愚かな生き物。
仮に余命一年と言われたとしても、全力で生きるのは宣告されてから数日程度だろう。
さすがに今日明日で死ぬわけがないだろうと、自分に限ってそんなことはないという根拠のない自信にいつも満ち溢れている。
だからこそ人間は死を理解しながらも時間を無駄にすることをやめない。
これまで、わかっていながらも、家族にたくさんの心配をかけてきた。
大切な人たちにありがとうと伝えられていただろうか。
様々な後悔が浮かんでくる。
これまで無駄にした時間がなければこういった後悔はなかったのだろうか、死を目前にして後悔しない生き方があるとしたどんな人生だろう。
そんなことを考えながら望は結論をだす。
人間とは、死を理解しながらも"煩悩"に振り回され、『時間を無駄にする』生き物。
動物は死を理解していないが、"本能"に従い『時間を使い切る』生き物。
逆に言えば、どれだけ時間を無駄にしてきたか、最後にどういった後悔をするか、そこにその人の人生が詰まっている気がする。
これをテーマにしても面白い小説を書けそうな気がする。
そんな風にワクワクするも、自分にはもうその鼓動の高鳴りは不要だった。
自身が辿り着いた答え。
時間を無駄にする生き物だからこそ、残りの限られた時間を『無駄にしない』生き方をすると決めた。
もしかすると、これが人生で最後の睡眠になるかもしれない。
ならば人生最後の夜を寝不足で終えるなんてことは愚の骨頂だ。
ここで時間を無駄にしない選択をする。
これは自身の出した答えに対しての、望のせめてもの抵抗だった。
松本の話では、凶悪犯は捕まった後、勾留され、裁判を行い死刑判決がくだされて初めて謎の地下室へと連れていかれるらしい。
その後のことは松本も詳しくは知らないようだった。
しかし、今回は秘密結社によるでっちあげだ。
今までの通りにいくとは限らない。
それも、我ながら今をときめく若手大注目の作家だ。
そんな人間による、国家転覆を企む大事件。
かつて日本中を熱狂させた大人気バンドのメンバーが自殺したことで、熱狂的なファンによる後追い自殺が続出したことがある。
つまり、著名人の行動はいい方向にも悪い方向にも影響を及ぼす。
自身にも少なくともファンレターが届く程にはファンがいる。
恐らく、国民やマスコミの注目度は、
一般人が起こした凶悪犯罪とは比較にならないだろう。
もしかすると、裁判は非公開で行われる可能性すらある。
そうなったら、記録上では裁判が行われていることになっていても、そのとき俺は既に地下室へと連れていかれ、洗脳が完了しているなんてことがあってもおかしくはない。
一般人の想像力の範疇を超えた存在だからこその秘密結社。
そんな組織のことをいくら考えても結局は『かもしれない』で終わる。
それを知ったところで、どうしようもない。
やるべきことは終わった、あとはなるようになる。
気になることはたくさんあるし、考え始めたらキリがない。
そうして、望は静かに眠りについた。
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