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〔ねこねこ小説〕スキーとよしおのエレジー②

その三 言葉が出ないよしお

 よしおは休みの日、町内の小学生野球チームの練習に顔を出す。コーチというわけではない。よしおの子供がかつて在籍していたチームで、子供が大きくなってからも、懐かしくなって覗いていたら、「手伝ってくれ」と声をかけられ、たまに参加している。
 玉拾いやキャッチボールの相手などの雑用だが、いやいやというわけではない。
 (むしろ)
 汗をかいた爽快感と後のビールのうまさに惹かれ、楽しんでいる部分が大きい。
 「行ってくるよ。」
 今日も野球に出かけるよしおの言葉に「はーい」と軽い返事で妻が応える。
 (ビール隠しといてやるかな)
 意地悪な表情のスキーが、その背中を見送る。

 その日の練習に、新しく部員になった子がいた。小学校3年生のカズキ。色白のメガネの子。ほとんどボールを握ったことがないのか、キャッチボールで暴投ばかり。上手くいかないので少しふてくされ気味。相手は取れないボールを拾いに行くばかりだ。
 「帽子をとって相手にごめんなさいって言おう。」
 ほっぺを膨らませながらしぶしぶ帽子をとる。一緒に来ているお父さんも心配そうだ。
 「練習を続けて上手になるともっと楽しいよ。」
 嫌気がさしてやめてほしくないので、よしおは一声かけた。

「ぶは〜」
 よしおは一口目のビールを飲んで、咆哮するように声をあげ、好物の卵とピーマンの炒めものを口に運んだ。至福の時だ。冷ややかに見ているスキー。部屋の中は冷房がきいている。スキーには昼間の外の暑さがわからない。太陽を直接浴びてみたいと、少しだけ思った。 

よしおは、週末の用事が続いたため、それから二か月ほど野球にいくことが出来なかった。
 久しぶりに行ったら、カズキがいた。
 (辞めてなくてよかった。)
 カズキのキャッチボールを見て、驚いた。相手の胸にしっかり投げている。たまに暴投が出るが、ふてくされる様子もない。思わずよしおはニヤついた。
 (お父さんもがんばったかな。)
 お父さんはやはり心配そうに見ていた。

 キャッチボールが終わって休憩。みんなお茶を飲む。
 (一声かけなきゃ)
 お茶を飲んでるカズキによしおが声をかける。「カズキ!」カズキが振り向く。「(上手に…)」なったな、と言おうとするが、声がでない。言おうとすると、泣きそうになる。カズキは不思議そうにずっとこっちを見ている。声が詰まる。カズキは練習に戻って行った。

 家に帰り、そのことを妻に話す。
 「声が出ず、泣きそうになったんだ。この歳になって初めての経験。」
 (この歳になったからだよ)
 スキーは、うまそうにビールを飲んでいるよしおに、軽く微笑みを送った。

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