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《ずれずれ草》【カコ映画メモ】土屋トカチ監督「アリ地獄天国」

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(2020.06.17鑑賞、2020/06/18メモ)

■土屋トカチ監督「アリ地獄天国」

土屋トカチ監督「アリ地獄天国」(横浜シネマリンにて)
表現者の中には「冷静・中立」を誇る人もいるけど
この映画はその対局にある。
会社の横暴と闘う青年に、カメラは徹底的に味方する。会社からの恫喝も共に受ける。
音声だけの場面でさえ「側にいるよ」の声が伝わる。
このことが、どれだけ人を勇気づけるだろう。

そも、21世紀の表現者に、高みの見物など許されるだろうか。
中立は、知らないうちに強い側に取り込まれがちだ、ということを忘れてはならないと思う。

「アリ地獄天国」プログラム

***

いろんなことを知った。
① 有名タレントのCMで有名な企業の、ヤクザのような実態。
仕事上の事故で社員に罰金・借金を負わせ、実態のない社内団体の会費を給料から天引き、社員同士の交流を禁じたり、民族・国籍差別人事。暴言と恫喝、暴力まで。

私のようなダメ人間なら則逃げ出すが、優秀な人ほど絡め取られてしまうのか。
成績トップの営業マンであった西村さんが、会社から理不尽な借金を負わされ、労働組合に相談するなり異動、シュレッダー室へ。
嫌がらせを受けながら闘い続ける西村さん。穏やかな風貌に秘められた芯の強さに驚くが、初めは、妻に言われるまで理不尽に気づかなかったという。

② 一人でも入れる労働組合が、かなり"頼れる"ってこと。
プレカリアート・ユニオンの、一見小柄で地味なお姉さん書記長。
団体交渉で話を聞かず怒鳴り散らす会社側に、淡々と「議題について話します」と繰返し、相手が机を叩いて脅すや「静かにしなさい!」
すてき~
西村さんを会社まで送ったり、とことん「一人じゃないよ」と勇気づける。

③ 世の中は悪くなる一方だけど、すこし、良くなった面もあるってこと。
副社長・課長のゴロツキまがいの暴言、恫喝の映像は、you tubeにアップされ、一日の内に45万もの再生回数を得る。このような展開は、一昔前には考えられなかった。
「ただいま、ドキュメンタリー映画を撮っています」。
これが力になるのだ。
今の日本で、この闘いが「他人事ではない」人は、たくさんいるだろう。 you tube でこれを知り、たくさんの人が勇気を得たと思う。

***  

映画を見て、いろんな思いが次々引きずり出されてきて、困ってしまった。

実は、いろんなことが、羨ましかった。

この映画の登場人物について。
同じくひどい目に遭った元社員の方々が、西村さんと共闘したこと。
会社の前でマイクを握った方、立派だった。
夫(深夜帰宅、早朝起床)の働き方、会社が変だと感じ、友人に相談して、週刊誌の記事を探してきた妻がいたこと。
妻の話を聞いて、「それおかしいね」と相づちを打ってくれた妻の友人がいたこと。
親御さんが西村さんのことを「芯が強い、お母さんに似た」と褒めてくれること。

そして、監督がこの映画をつくるきっかけになった山ちゃんのこと。
監督は山ちゃんを助けられなかったと悔やむけど、こんなふうに思い続けて、死後の自分と一緒に映画を作ってくれる友がいたなんて、山ちゃんはすごい。やっぱりそれだけの人格者なのだと思った。

***

◆山ちゃんのこと
会社で横暴で陰湿なイジメに遭い、幼い子供を3人も残して死んでしまった、監督の親友、山ちゃんの話。
何度思い出しても、くやしくてくやしくて泣いてしまう。
新聞奨学生の寮で出会ったという土屋監督と山ちゃん。
監督と違い、家は裕福だけれど、実家から離れたくて新聞奨学生になり、大学で仏教を学んでいたという山ちゃん。

胸が痛い。
離れたかった家はきっと、自己肯定感や安心をあたえてくれる場所ではなかったのだろう。
育つ過程で自然な自己肯定感を持たせてもらえなかった人は、目には見えないけど、世を渡るエネルギーの源が著しく欠乏しているのだ。家庭に恵まれた人が容易に立つ「自分という足場」までたどり着くのに、まず一苦労する。
新聞奨学生になって、仏教を学んでいたという山ちゃん。
答えを知りたいと、誠実に学問にむかおうとしたんじゃないだろうか。

社会が凶暴になれなばるほど、こういう、思いの深い善い人間から、炭鉱のカナリアみたいにやられてゆく。
くやしい、くやしい、くやしい!!!!!

実は、私も36年前、山ちゃんのような動機で新聞奨学生に申し込んでいた。
田舎の国立大学に受かり、新聞奨学生がその田舎町になかったのと、学費も寮費も当時は安かったので、いずれ独立できようと思えたので、親から仕送りをもらって進学した(独立は1年3ヵ月でギブアップした。情けない、甘い)。

新聞配達をしないですみ、登山に熱中することができた。ろくでもない人生だけど、登山をしなかったら、自分の人生を始めることができなかったように思う。パンの耳を齧りながらお金を貯めて、ヒマラヤにも行けた。
社会に出てからは1年に4回も仕事を変わったり(そのうち2つはクビ)散々だったけど、世はバブルだった。
こんなろくでもない人間のくせに、監督や山ちゃんより7,8年早く生まれただけで、手ひどい痛めつけられ方から免れたのだ。
申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない。
(思えばこの年から、「フリーター」「派遣」という働き方が、夢のように語られて登場した。新自由主義の悪魔の歯車は、静に回り始めていたのに、誰も気づかなかった)

***

◆労働組合に助けられた
私は労働組合に入ったことがないのだけれど、労働組合に、本当に助けられた。
新しい会社に入り、試用期間の3ヵ月がすんだのに、何も言ってこない。問い合わせたら、契約書を渡された。名前を書きそうになって読んでみたら、「もう3ヵ月試用期間をやれ(月給10万円)」と書いてある。
先輩たちに聞いたら誰もそんな目に遭っていない。人事係が書類を間違えたのではないか、といわれた。
上司に聞きに行ったら、
「お前が仕事ができないからだ。みんなと同じ待遇なんか望めるわけないだろう。だが泣きつくなら特別に雇い続けてやる。俺の言うことに逆らうな」と言われ。
「は?」
と言ったら怒られた。
しかし「仕事ができない」と言われると、途方に暮れるしかない。
私はだいたい少し人より理解が遅れるし、人のできることがぜんぜんできなかったりするので、お前だけ特にダメといわれると、ああそうかと思ってしまう。

おまけに、会社からひどい目に遭うたび、実家から電話がかかってきて、「反省しろ、いい加減にしろ、馬鹿、まぬけ、会社がひどいったって、お前がデキる人ならそんな目に遭わせないんだよ」
と罵られるので、やっぱり私が悪いのだなあ。と思ってしまい、
しかし横着をしたり怠けたりしてるわけではないから、どうしたらいいのか、本当に困って八方塞がりになっていた。

その後、その会社に「組合ができて、みんな頑張ってる!」と、先輩が教えてくれた。先輩は私の入社と入れ違いに退社した、すごくデキる人だった。
組合の集会をしてる公園にでかけた。
組合員の人の訴えや、チラシを読んで、震えが来た。
「給料激安。創立50年になるのに定年退職者がゼロ。今どき週休1日制。残業代ゼロ。管理職への昇給が5千円。『親の死に目にも会えないのがこの仕事の宿命だ』が上司の口癖……」
うなずく。
それって、ひどいことだよね。普通に。
憑き物が落ちた、というか、解放された気持ちだった。

人生28年くらい生きてきて、何かあったらいつも悪いのは私だったから、意味がわからないのに納得し続けてきたけど、やっぱり、会社は悪かったのだ。
こんなことは初めてだった。味方してもらった心地だった。晴れ渡るような気持ちだった。
ありがとう、労働組合!
 
「アリ地獄天国」2020.06.17鑑賞、2020/06/18メモ


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