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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」06 高史明(コ・サミョン) (その3)

*↑写真:日本上空に爆弾を投下するB-29(詳細はページ末に)

(その2)からのつづき
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高史明──
暴力と愛、そして文学
―パンチョッパリとして生きた (その3)


3)日本敗戦、小悪党の世界に生きる

 1945年6月29日と7月2日、下関も米軍による空襲を受け、中心市街地は焼け野原となった。

同じ6月29日に空襲を受けた岡山の街
(現・岡山市北区内山下付近にあった岡山市公会堂(現:県庁)から公会堂筋(県庁通)を西望)
ソース:『岡山市史』
著作者:不明 パブリックドメイン https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2より


 8月15日、天三は自分のたった一人の理解者のように思っていた天皇が、神ではなくて人間だと知った。天三を殴っていた教師は彼を見ると逃げた。13歳の天三は学校を止めた。しかし行くところはなかった。

 1947年、15歳の秋、飲酒、喫煙、夜遊びに耽り、太腿に自分で牡丹の入れ墨を入れ「町のダニ」と呼ばれるようになっていた。朝鮮人部落の長老たちが説教しに訪れると日本刀で追い払った。

 その年の冬、ヤクザのケンカ騒ぎに動員され、瀕死の傷を負いながら警察に連行され、暴力行為と傷害で逮捕された。
 拘置所では監房長と言われる牢名主を半殺しにして懲罰房に入れられる。

 実刑が決まり刑務所に移されてから、60キロの米俵を軽々と担げた天三は炊事係に回された。
重労働だったが腹一杯の食事が約束されていた。天三は元々剛健だった体が重労働に耐えますます逞しく頑健に育った。

 出所すると「ムショ帰り」の称号に寄ってきた小悪党の仲間に取り巻かれてしまった。出所祝いの酒盛りが挙行され、天三も悪党である自分に酔った。花札遊びをし、他の小悪党グループとすれ違うと喧嘩騒ぎを起こした。覚醒剤にも手を出したのだった。

 天三はこの汚辱の世界に居心地の良さを感じてしまった。

 しかし、脳裏に浮かぶ父の眼差しから逃れられず、「これで良いのか」と自問し、入れ墨を焼いた。焼け焦げの皮膚がずるりと剝けて数日後、傷口は化膿し包帯を剥がすと。芥子粒ほどの蛆が這い回っていた。
 
(その4)へつづく

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◆参考文献

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*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。
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ヘッダー写真:日本上空に爆弾を投下するB-29
ソース:: National Park Service(Post-Work: User:W.wolny)
パブリックドメイン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E7%A9%BA%E8%A5%B2 より


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