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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」08 金鶴泳(きんかくえい/キムハギョン)(その8)
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金鶴泳──不遇を生きた在日二世作家(その8)
8. 郷愁は終わり、そしてわれらは――
1979年10月26日夜、韓国で政変が起こった。
中央情報部長官の崔載圭(チャ・ジェギュ)が朴正熙(パク・ジョンヒ)大統領と車智澈(チャ・チチョル)大統領警護室長を射殺したのだ。
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原典:Korea Democracy Foundation - http://db.kdemocracy.or.kr /
CC 表示-継承 4.0/朴正熙出殡.jpg
翌日戒厳令が宣布されるなか、崔圭夏(チェ・ギュハ)国務院総理が大統領代行となり、尹潽善(ユン・プソン)、金大中(キム・デジュン)などの軍事政権と対立した政治家たちを復権させ、「ソウルの春」を迎えたかに見え、労働争議や民主化を求める学生運動が広がったが、全斗煥(チョン・ドファン)を中心とした勢力が握った新軍部は戒厳令を拡大して民主派の弾圧逮捕を始めた。
翌1980年5月18日、民主化運動の盛んな光州に第七空挺旅団が突入し、全南大、朝鮮大などで学生と衝突した。彼ら空挺部隊は北朝鮮との戦闘に備えて訓練されてきた部隊だった。
学生たちが殴打されて連行される様子を見ていた市民たちがデモを繰り広げ2万人の群衆が空挺団と対峙した。空挺部隊の武力行使に対して市民たちは武器庫を急襲して武装した。
市民軍は空挺部隊を一時後退させたが、最後は道庁に立て籠もって無慈悲に鎮圧された。200人以上の死者と多くの負傷者をだしたが、行方不明者が多く正確な犠牲者数は分からない。いわゆる「光州事件」だ。
金鶴泳は高校卒業以来書き続けていた日記を、1979年6月から10日頃から1982年1月13日まで中断し、1982年1月14日から再開していたが5月7日頃焼却し、5月14日から再開した。光州事件を挟む韓国政変の時期を金鶴泳がどう考えたかは分からない。
1982年、竹田青嗣が「金鶴泳論」を『早稲田文学』に書いた。正確に読んでくれて本質に迫ってくると喜ぶ。
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小説「祖国」の草案を考え続ける。韓国大使館に紹介されて取材した沢本三次さんと西部さんの話だ。
神経不安が悪化するも、芥川賞を狙うべく改題し「郷愁は終わり、そしてわれらは――」として12月21日に脱稿した。
1983年、病院で神経安定剤を出して貰う。
『新潮』7月号に「郷愁は終わり、そしてわれらは――」が掲載される。
12月、自信のあった「郷愁は終わり、そしてわれらは――」は芥川賞の候補作にも入らなかった。ショックを禁じ得ず、失望。
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1984年46歳、神経不安に苦しめられ、死が思われてならなくなる。
6月11日に日記「神経不安症変わらず。自殺寸前の気持。」と記す。
8月26日の日記には、「薬をのみ、酒をのむと、しばしば異常言動(錯乱的言動)に及ぶ。気をつけなくては。/相変わらず、死の崖縁を歩いている気持。」
11月8日、5度目の渡韓。世宗文化会館で「国内外韓国人芸術家親睦繁栄促進会」創立総会に出席。同伴したのは、麗羅(レイラ)、安宇植、姜尚求(カン・サング)、古山高麗雄、後藤明生。
韓国の作家たちと酒を酌み交わし、「言葉は通じないが、筆談のやりとりで過ごした」
このとき、翻訳出版や映画化の話もでた。
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*ヘッダー写真:マッコリ/作成:국립국어원、2013年12月5日 (Exifデータによる)/CC BY-SA 2.0 kr
https://ja.wikipedia.org/wiki/マッコリ#/media/ファイル:Makgeolli_2.jpg
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*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。
◆参考文献
◆著者プロフィール
林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!