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とらぶた自習室(10)勉強メモ 野口良平『幕末的思考』第1部「外圧」第5章-4

野口良平『幕末的思考』みすず書房
第一部「外圧」 第5章「残された亀裂」-4


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筆:栗林佐知(けいこう舎)

2023年2月26日のメモ

■相楽総三の賭け


王政復古のクーデターを起こして、徹底的に幕府を叩かんとする薩長+岩倉具視たち「新政府」軍。
「官軍」VS幕府方の「戊辰戦争」は、「どんな政府を作ったらいいか」などではない。 誰が政権を取るかの、欲と欲とのぶつかり合いだった。その身も蓋もない争いの中で、相楽総三、小栗忠順、近藤勇が 「え??」というまもなくスピード処刑される。

-4は、相楽総三のこと。
相楽は、東へ向かう「官軍」のお先振れをして、信州の村々の人たちに「新政府は年貢を半分にするぞ、いい世の中を作るから味方になれ」といって、「官軍」の露払い役をする。
だが、新政府は勤王藩の殿様たちを味方にしないといけないので、百姓たちの『年貢半減』なんて聞いてやるわけにはいかなかった。

新政府は、相楽総三が「嘘を触れ回った偽官軍」だったのだ、ということにしてさっさと処刑し、さらし首にしてしまうのだ。
ひどいー!

岩倉具視、薩長サイテー!!と思ったが、
著者の受け止めはもう少し注意深い。
当事者からの聞書を元に書かれた長谷川伸『相楽総三とその同志たち』には、相楽の同志たちが、相楽の恨みを晴らそうと、岩倉具視を訪ねるシーンが描かれているそうだ。
岩倉は逃げも隠れもせず、丸腰で、自分を斬りにきた男たちに面会すると、「雄藩(殿様たちは年貢が半減されたら困る)の力なしには新政府は樹立できない。《そのためには小事を捨てることはやむを得ない。今は岩倉もお前たちも忍ぶべき時である。》と言ったそうだ。

《岩倉は、一つ賽の目が違えば自分たち自身が「偽官軍」にされる危険をよく承知していただろう。「偽官軍」だったのはそもそも自分たちだったからである。》
たたみかけるような、ため息の出る著者の語りだ。

私たちは漠然と、「徳川幕府が終わって、次に、尊皇攘夷を頑張ってた薩長に交代した」というふうに思ってるけど、そんなふうになるかどうかはぜんぜんわからなかたというか、クーデターで無理矢理そうなったのだし、現代の政治家や会社の偉い人や役人の「保身」と同じにしてはやはり違う。

魔術を使って転向した新政府を、わたしは「ちゃっかり」とメモしたが、ちゃっかりというほど軽いことではなく、まさに命ガケだったのだ。勝った方も。
やるからにはやり遂げねばならない責任感も強烈だったろう。
激動の時代を意志を持って生きた人間への、著者の敬意を感じた。

■ 結局は「早い者勝ち」?

それでもやはり、相楽は可哀想すぎる。
新しいよい世の中を作ろうと志した草莽の人々は、多くの人が、戊辰戦争の中で、いったいどうすればいいのかわかりかね、右往左往した。目端の利く者が「時間」を味方につけて先手を打っていった。
「時間」こそが、全てを決めた切り札だったと(あってるかな)著者は言う。
「時間」というのはつまり、何でもいいからとにかく「早い者勝ち」ということか。 史上最もえげつない「死のカルタとり」とでもいおうか。
椅子取りゲームでさえないのだ。 椅子なんてしっかりしたものはない。だれもがどうなるか、まったくわからなかった。

相楽総三は、目指す世の中を「新政府軍」と一緒に作ることに賭けたが、新政府軍は相楽の思いを撥ねつけた。
相楽には、新政府軍がどうするかを読むすべがなかった。自分の理想にふさわしい去就を選ぶ自由もいとまも、情報もなかったのだ。

次の-5では、幕府方のたった二人の刑死者、最後まで幕府を強くしようとしていた小栗上野介と、幕府が倒れる直前に幕臣となった、新選組の近藤勇のことが記される。
-4以上に、と胸を衝かれた。近藤勇のイメージが転覆した。
近藤勇を「草莽の志士」だと、著者は語る。
「誠」の旗は、誰か偉い権威のある人への忠誠ではなく……。辞世の七言絶句に、目から鱗だった。

→ とらぶた自習室(11)野口良平『幕末的思考』第一部 第五章-5

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