野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第4話 真葛の文体を培ったもの――真葛落穂拾い(2)
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2 孔子なら真葛にどう答えるか
「女子と小人とは養い難し」という言いまわしは、女性と「下賤で無学な人」とをひとくくりにして、あわせて下にみる習慣を正当化することばとして常用されてきた。
この表現が『論語』にでてくるのは、「陽貨篇」25である。
子曰わく、唯だ女子と小人とは養い難しと為す也。これを近づくれば則ち不遜、これを遠ざくれば則ち怨む。
〔先生は言われた。女性と小人とだけは取り扱いにくいものだ。親しみ近づけると無礼になり、疎遠にすると恨みをいだくから。〕
中国史学者の貝塚茂樹(1904-87)によれば、孔子(前552/551-前479)の生きた時代の貴族は一夫多妻制であり、家庭内では多数の妾がその召使とともに同居していた。また「小人」とは、男子の使用人のことを指して用いられる語でもある。こういう多数の女子と小人と同居しているのだから、取り扱いが難しいのは当然で、この言葉から孔子が女性を軽蔑していたと主張するのはおかしいという。
だが、かりにそうした歴史的背景がこめられていたのだとしても、「女子と小人」を見くだし排除する姿勢が孔子になかったかどうかとは、別問題だろう。すくなくとも、2300年の歴史を通じて、「女子と小人」の蔑視に儒教が道を開いてきたことは否定できない以上(その末席に馬琴はいた)、真葛がその責を孔子に問うことは理にかなっている。
中国文学者の吉川幸次郎(1904-80)は、「陽貨篇」25について、「「論語」の教えの全部が、現代には通用しないことを、示す条のように思われる」と一言で言いきる。
また渋沢栄一(1840-1931)はすでに、「女と使用人は始末におえない」という孔子の言葉は、男尊女卑を原則として女子に教育の機会を与えない時代の見方を反映しているとしたうえで、過去の歴史を学ぶことで現代への洞察を深めることをよしとし、意欲的に新しいものを取り入れようとしていた孔子が、もし現代にうまれていたら、絶対にこういう言葉は残さなかっただろうと述べていた。
状況との格闘からうまれた真葛の直観は、生半可な学識を凌駕する遠大な射程をそなえていたように、私は思う。
孔子なら、真葛の問いにどう答えただろう。
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※ヘッダー写真:莫高窟出土の『論語』パブリックドメイン(ソース:https://www.onelittleangel.com/wisdom/quotes/confucianism.asp)
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