とらぶた自習室 (23) 勉強メモ 野口良平『幕末的思考』 第3部「公私」 第2章-1、2
【勉強メモ】野口良平『幕末的思考』 みすず書房
第3部「公私」 第2章「滅びる者と生き残る者」-1、2
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(筆)栗林佐知
2023年9月8日のメモ
こちらは、あくまでワタクシの危うい理解のもとにとったメモですので、ぜんぜん受け取り間違ってるかもしれません。 ぜひぜひ、野口良平『幕末的思考』みすず書房をお読みくださいませ!
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■野口良平『幕末的思考』第3部「公私」第2章「滅びる者と生き残る者」-1、2
偉い人だけで秘密裏に準備した国会や憲法が整い、「日本」がいちおう近代国家らしくなった明治20年代。
明治20年代は《列島の精神史にとっての重大な転換期》だと、著者は言います。
これまでは、戊辰戦争や西南戦争の敗者や、「意見の違う者同士の対立があって維新を迎えたこと」に心を寄せる人たちが庶民の中にもたくさんいた。 それが、 明治27年の日清戦争後は、国民の気分が一変。したのだそうです。
「優れた者が勝ったのだ」「おれたち日本人、天皇のもと心を一つに大きな国を作るのがタダシイ」という一本調子の言説が主流になってゆく……
その様相が論客たちの精神活動史を通じて辿られます。
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■第2章-1 帝国大学の先生たち
まず、最高学府、東京帝国大学の大先生たちがヤバくなってくる。
-1節では、こうした先生方の精神の営みを追っていきます。
のですが、何を思って大先生方がこんなことするのかわからない。
読者も理解に苦しむし、たぶん、著者にも「わかりたくもない!」のかもしれない。
うわーぜんぜん楽しくない。奇妙な”横暴正当化”の人たち。現代社会にもたくさんいる。
まさか、明治20年代からずっと続いている???
・井上哲次郎(帝国大学教授)
天皇の名を持ちだして、いろんなことの正当性にすえた。
そもそも天皇バンザイ教は、西洋におけるキリスト教をまねた「市民宗教」で、理屈抜きに国民をまとめようという企みだったのに、その企みを隠すかのように、天皇の肖像にお辞儀しなかった内村鑑三やキリスト教信仰を攻撃したりした。変すぎる。
・加藤弘之(帝国大学総長)
加藤は元々は幕臣で、「官軍」が攻めてきたときは主戦派だった
けれど「ご一新」後は、明治新政府のもとで重く用いられる。
すると急に「優勝劣敗」なんてことを言い出す。
「新政府は優れていて正しいから勝ったんだよ、負けた方は自分が劣ってるのが悪いのだからだまっとけ」というあきれた理屈。
『強者の権利の競争』という(何かのギャグ?)タイトルの本を一生懸命書き、日本語、そしてわざわざドイツ語で出版したそうです。
・そのほか、
当時の東大(帝国大学)では、 いろんな大先生たちが 「進化論(=優れた者だけが生き残るように世の中はできているんだよねっ)」だとか 「天腑の人権なんてない」とか 「スペンサーの哲学」(弱い劣った者は淘汰されて当然)なんてものをふりまわし出していたそうで、若者たちは、これに相当影響されていった……とか。
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■第2章-2 山路愛山 VS 北村透谷
-2節では、 こういう偉い先生たちの言説を聞いて、反論した若者たちの思考の足取りを紹介。この節はおもしろかった。
その代表として、山路愛山と北村透谷、2人の若者の発言が紹介されます。
2人は、ともに幕臣・藩士の子で、「敗者」側に生まれ、キリスト教に希望を見て受洗。知り合いでもあったそうです。
山路愛山は幕臣の子(父は函館五稜郭まで行って幕府軍に参加した人)、戊辰戦争に負けた後、父は失意のあまり酒浸りに。
愛山は貧しい家計を支えるため、子供の頃から働いてガッツで生きぬきます。
当時翻訳されて明治ドリームを盛り上げたスマイルズ『西国立志編』を読んで、“人は生まれた境遇や身分にかかわらず、努力と忍耐で一生を築くことが出来るのだ!”という考えに大いに励まされたそうです。
わかりやすいですね、大河ドラマの主人公になりそうです。
といって愛山は、勝ち組エリートの「優勝劣敗」に大賛成かというと、少し違うようです。 のちの著書(「現代日本教会史論」)で彼は、 「敗者には敗者の自負がある!」《総ての精神的革命は時代の陰影より出づ》」と、敗者側の魂を語っているそうです。
かたや北村透谷は、 時流に乗り遅れた小田原藩士の子。
無気力な父とがんばり屋だけどキビシーお母さんの下で育ちます。
小学校時代に世を席巻した自由民権運動に心惹かれ、歴史小説を愛読しました。
透谷は繊細で、やや抑うつ傾向があったけど、東京専門学校に入ると、「政治的に万民に尽くしたい」《一個の大哲学家となりて、欧州州に流行する優勝劣敗の新哲学を破砕す可しと考えたり》(のちに妻となる石坂ミナへの手紙)p232 と考えたと言います。
この夢がかなっていたら、どんなによかったでしょう。日本の、東洋の、世界の歴史にとって、どんなに財産だったでしょう。涙
透谷の短い一生は苦渋に満ちています。
まず、夢を託した民権運動が、もう目も当てられないほうへ堕落していってしまう。
運動資金を作るために「強盗をする、お前もこい」と言われた透谷は、苦しんだすえ、剃髪して仲間に断りを入れ、運動を離れたそうです。
こういう行為こそ勇気があると思いますが、透谷には大きな挫折でした。透谷は一人になってしまいました。
「強盗はどうしてもいやだ、大義のためでも正しくないと思う」という「個人の感情」を大事にすることと、 「「優勝劣敗」は理不尽だと思う」ということ。 この二つを両方大事にしたい、ということが、仲間の中でも通じない。
《透谷は二度の敗北を味わった。一度目は共同的な個として、二度目は孤独な個として(ここ、「個としての敗北」とはどの事態のことか、読解できなかったのですが)。透谷が短い生涯において希求したのは、この二重の敗北に耐えうる根拠だった。》p233
さて。
愛山が単純で、活力に溢れているのに対し、 透谷が繊細で、物事をもっと深くみつめ、愛山のモノサシではとうてい測れないことをつかもうとしているのは、何となくわかりますが、著者は、2人の違いはまず、「優勝劣敗」について、 愛山が「当然しかたない、世の摂理」と受けとめているのに対し、 透谷は「西洋で流行している変な考え」だと相対化している点だと、指摘します。
つまり、透谷の方が暗くて弱々しいように見えるかもしれませんが、ずっと弾力があって、もっと高いところまで跳ね上がってものを見極めようとしているわけですね。
(でも、この心の大冒険をするには、彼は人に恵まれてなかったように思えます。そう思うと悲しさではち切れそう。健康にも恵まれていなかったのでは。彼が他人に捧げた誠実が、彼に返ってきたかと思うと……)
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■ 山路愛山と北村透谷の論争
山路愛山と北村透谷は「論争」をしたそうです。
愛山の高らかな文学論(頼山陽を褒め称えた内容) 《文章即ち事業なり。文士筆を揮ふ猶英雄剣を揮ぶが如し》に、透谷が反発を表明。
《繊巧細弱なる文学は端なく湖江の嫌厭を招きて、異しきまでに反動の勢力を現はし来りぬ》
何を言い合っているのか一見、現代人にはわからないですし、 どうも愛山の方には、透谷の問題提起が全くわかっていなかったようです。
いかにもわからなそうですよね。
愛山は、 人生とは、「空の空なるもの」ではなく「人間現存の有様だ」。 文学はそういうものを書くべきだ。といい、
透谷は、 いや、人生とは、「空の空なるもの」と「現存の有様」にはっきり分けたりできない、いろんな可能性や忘れ去られたことやなんかがあわさった生命そのものなんだ、と考えた。
愛山のようにはっきりきっぱり言ってしまうこと自体が、何かを排除してる、こういう奴はダメだとか、こうじゃなきゃ×だ、という排他性になってる、それはすごく怖いし、人間てそんなもんじゃないと透谷は言いたかった。
愛山も、透谷が死んでしまうと、気にして、 「透谷くんは、文学は事業なんかじゃなく"人の内心"を描くものだ、といってたけど、おれは「心が心に及ぼす影響」のことを事業だと言ってるのだから、彼の反論は的はずれだったんだ」と書いているそうです。
愛山は、その後も元気いっぱい民間の立場で歴史を描き続け、日露戦争の時には、立派な帝国主義者(!)として発言していたそうです。
《吾人は(…)不健全なるもの、不正直なるもの、貪欲なるもの、懶惰なるものの失敗を庇護すべき理由を見ず》p236(「余は何故に帝国主義の信者たる乎」)
失敗をやらかす奴を教導し、健全な国民に育て上げる帝国主義はすばらしい、と。
かたや透谷は未刊の書《『明治文学管見』》の中で、 「憲法は「信教の自由」をいうけれど、ゆるされるのは個々人の内心の自由だけで、集会、演説、布教の自由はない」 と記し、 これって自由? ここでいう内心というのは何? 内心とは? 自由とは? と探求してゆきます。
日本人の心と自由の起源を、まるでルソーがやったかのように、透谷は江戸時代、幕末を遡って探求していったのですが……力尽きて自分で死んでしまうのです。おいたわしや!!1
では、こんな透谷の思想を引き継ぐ人はいなかったのでしょうか。
-3節では、透谷の孤独な闘いを受け継いだものとして、 著者は夏目漱石「こころ」を解説しています。
ちと難しかったので、理解できてないと思いますし、 長くなりますので、次回に……
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