弟 エピソード7
振り返って、あの時こうしていたら、それをしなかったらと思うことは多い。しかし、その時は、それが最善の策だと思っていたと思う。亡父母は世間体がとても大事だった。父母だけでなく、日本全体が、そのような風潮に染まっていると思う。表面を飾って、暗い面をかくしても、意図的に忘れていても、その存在は残っている。そして、時々自分の存在を主張する。病気になったり、もめ事という形をとって。実家はお金に余裕があったとは思えない。母は農作業の合間に、近くの工場に働きにいっていた。そのお金も、弟の借金返済に充てられたのだろう。母がいくら頑張っても、返せば返すほど、借金可能額が増えて、限度いっぱい借りるという態度しみついている弟相手では、勝ち目はなかったと思う。最後には父に打ち明け、今度は二人一緒に返済に励んだ。カードを取り上げたからもう大丈夫と安堵したらしい。
父母の代には、カードローンなるものが存在していなかった。カードは本人が申請すれば、喜んで再発行してくれる。無知だったのだ。跡取りや私に相談していれば、打つ手もあったかもしれない。
私たちにばれたのは、自宅を担保にいれて、最大限借りまくっていたからだ。母の死後1年で、その前に父母が返済して
「これで○○もいいやあ」との母の発言の後である。
それでも弟は、実家がたすけてくれると信じていたらしい。私は、時として弟がうらやましくもなる。私に対する費用は、いつも切り詰めていたのにと私と弟の共通点は、跡取りでないこと。しかし弟には、家の体面を守るために、家を新築する等、眼をかけていた。もう一の共通項は、見捨てられるのではないかとの気持ち、ほら跡取りではないから。弟は借金をして、それを父母が返済してくれるのが、まだ見捨てられてないと、確認するためだったのではないか思う。一方私は、見捨てられないために、理不尽でも両親の欲求に応える。弟たちをサポートして、認めてもらおうとしていた。弟を開門海峡を渡らせ、こちらでの世話をかってでたのも、父が生まれ育った土地で最後を迎えられるように、跡取りに配慮したという面もある。跡取りの件は弟の件にも深く関わっている。言いたいことはいっぱいあるが、まだ生存しているし、彼らの世界では、全く違う話になっている。それを流布しているから、冷静に配慮も含めて、事実を述べても、私がお金目当てでやってることに括られてしまう。事実父の妹達からは「醜いお金の取り合いをしてる」と私が罵られた。跡取りはいつも正しい。間違っているのは弟と私としっかり彼女らの中に刻み込まれているので、私たちの置かれた状況や気持ちを、思うこともないのだと知った。