ベトナム料理事始め<下>~バビロン再訪#20
1970年代。まだに見ぬベトナム料理への妄想を掻き立てられたのが開高健のエッセイでした。
「この国の人がよくやるように焼肉をレタスの葉にくるみ、ツンツンとドクダミのように匂う香葉(シャンツァイ)をいっしょにそれにくるみ、ニュクマムをちょっとつけて食べると、惨禍の国にも夜の一瞬の鼓腹撃壌はあらわれるのだった。
みんな
『デップ(いい)』
『デップ・ラム(とてもいい)』
と口ぐちにいった。」(★1)
開高健は特派員として戦時下のベトナムに赴き、南ベトナム軍に取材従軍し、1964年2月14日の戦闘で200名の部隊中生き残ったのが17名という、文字通り九死に一生を得るという壮絶な経験をしています。これらのベトナムでの経験から、『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇(未完)』のベトナム3部作が生まれ、『ベトナム戦記』をはじめとする膨大なエッセイが残されました。
今回は、近年の気温上昇が著しい日本において、食卓への登場回数がますます増えそうな、定番のベトナム料理を作ってみましょう。
まずはサマー・ロールと呼ばれるまさに夏向きの一皿から。
《生春巻き》 Summer roll
ゴイ・クオン(Gỏi cuốn)と呼ばれるベトナムの生春巻きは、英語でも中国語でも春巻きではなくて夏巻きと呼ばれています。名前の通り、夏にぴったりの一皿です。
茹でた海老や鶏などを入れるのが一般的ですが、たっぷりの野菜だけで巻いて、甘塩辛いヌクチャムをつけて食べるのが、ワインのお供の際のサラダ感覚のスターターとして最適。ちなみにゴイ(Gỏi)とは、生の野菜の料理という意味で、西洋語のサラダのようなものだそうです。
まず、たれとなるヌクチャムを作る。鍋にニュクマム、水、ニンニク(みじん切り)、砂糖、赤唐辛子を入れ、いったん沸騰させて冷まして、ライム(またはレモン)を絞る。サニーレタス、もやし、青ねぎ、香菜、ミント、バジルなど好みの野菜を用意する。春雨をお湯で戻して水気をよく切って食べやすくカットしておく。大き目のバットや皿などに水を張って生春巻きの皮を戻す。やや硬いかなという段階で、まな板に広げた布の上に広げ、手前中央に野菜と春雨を乗せ、両側を中央に折って、手前から奥に巻いてゆく。慣れてくるとギュウギュウに詰めても破れなくなる。
《ベトナム風揚げ春巻き》 Fried spring rolls vietnamese
次はベトナム風の揚げ春巻きです。ベトナムの揚げ春巻きは、ライスペーパーの衣がさくっと崩れるようなクリスピーな食感が特徴です。ホーチミン(旧サイゴン)あたりの南部では、チャーゾー(Chả giò)と呼ばれ、指先大のものを野菜といっしょに食べ、ハノイなどの北部ではネムザン (Nem rán)と呼ばれる、切り分けて食べる大振りのものが一般的だそうです。
ボウルに豚挽肉、叩いて細かく切ったむき海老(あるいはカニの身)、春雨(水で戻して1cmに切ったもの)を入れ、ニンニクのみじん切り、卵、塩、ニョクマム、ブラックペパーを加え、良く混ぜ合わせ具を作る。生春巻き同様に、ライスペーパーを水にくぐらせ、乾いた布きんの上に乗せ、手前の方に具を乗せ、両側を内側に折り、向こう側に転がすように巻く。中温の油で揚げ始め最後に高温でやや色づくまでカリッと揚げる。サニーレタスにくるんでヌクチャムをつけてどうぞ。
《バンセオ》 Bánh xèo
バンセオ(あるいはバインセオ)Bánh xèo は米の粉を生地にしてカリッと焼き上げた屋台料理。ベトナム風お好み焼きなどと称されていますが、日本のお好み焼きの食感とは全く異なります。米粉とはいっても市販の上新粉では、バンセオの核心であるパリッとした香ばしさは実現できません。ましてや小麦粉では。ジャポニカ種のうるち米の米粉との食感の差は、でん粉の成分の違いなのだそうです。
おいしいバンセオづくりのためには、ひと手間かけてインディカ米から作った米粉を使います。最近は、バンセオ用の米粉や国産のバンセオセットなども発売されており、それらを使うと手間いらずです。
インディカ米を同量の水に浸しておく。1~2時間後にフードプロセッサーにかけると水溶き状態の米粉ができる。多少粒が残っていても焼きあがると気にならないので大丈夫。水を加えさらさらの濃度に調整し、ターメリックを加える。好みでココナッツミルクを加えてもよい。大きめのフライパンにオイルを注ぎ、豚バラ、海老、万能ネギ(またはタマネギ)を入れ軽く炒める。そこに水溶き米粉を3回ぐらいに分けて流し入れ、フライパンを回しながらできるだけ、薄く大きく広がるようにする。もやし一掴みを加え(好みでもやしを加える前に具の上から溶いた卵を回しかけても良い)蓋をする。フライパンと皮の間に時々フライ返しを差し入れながら皮がパリッとするまで焼く。オイルが足りなさそうなら追加する。火加減は強火がよいが、慣れるまでは弱火の方が失敗しない。サニーレタスや香菜とともにヌクチャムをつけていただく。
《フォー》 Phở
日本でもおなじみのフォー。うどんのような、きしめんのような優しい食感の麵をだしの味わいで食べるところが日本人好みです。日本では鶏のフォーが有名ですが、起源は牛肉のフォーだそうです。その歴史は意外に新しく、フランスから伝わった牛肉文化と中国の麵文化がベトナムで融合して、今世紀に北部の首都ハノイで誕生したと言われています。
鍋に水を張り、骨付き鶏肉、つぶしたしょうが、八角、シナモン、赤唐辛子、野菜の切れ端(長ネギの青いところ、玉ねぎ、ニンジン、セロリなど)を入れて火にかける。沸騰したらアクを取って、弱火で30分ほど煮出し、鶏がらスープの素(もちろん鶏ガラでとったスープがあれば尚可)、塩、ニョクマム、胡椒で味を調える。丼を温めておき、茹でたフォーを丼に入れ、熱々のスープを注ぎ、サニーレタス、もやし、香菜、しそ、万能ネギ、輪切りの赤唐辛子などを乗せて、最後にすだちやライムを絞る。今回は鶏のだしに鶏の肉団子を入れてみました。
(★)トップ画像はパリの4区Rue de la Verrerieにある「ミン・ショウ」(MINH CHAU)。いわゆるベトナム料理店というよりは、庶民的なベトナム食堂という感じのお店。オーナーのキムお母さんが作る蟹のニンジンと春雨のサラダ、蟹ときくらげの蒸し物、野菜炒めなど、ごく普通の一皿が旨い。パリに行った時は必ず寄っていた。今も健在だろうか(2009年撮影)。
(★1)エッセイ「魚の水(ニュクマム)は美味しい」より(『孔雀の舌』 開高健ノンフィクション、文芸春秋社、1976年 所蔵)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?