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最終回

これから吉澤嘉代子について書く。

この記事に辿り着いたあなたがまさか吉澤嘉代子を知らないはずもないので、詳しい説明は省いてとにかく書き始める。

2018年11月7日にリリースされた彼女の通算4枚目のアルバム「女優姉妹」を聴いた。非常に素晴らしかった。

音楽性について

吉澤嘉代子はしばしばその音楽性を椎名林檎と比較されがちだが、個人的にそれはちょっと違うと思っている。椎名林檎も多様なジャンルの楽曲を作るため、そのルーツが近いいくつかの曲が既発表曲を想起させること自体は否定しない。事実である。が、ただそれだけのことである。それは音楽性の相似ではなく、フォーマットの相似である。強いて音楽性が似ているとすれば、小島麻由美や小谷美紗子あたりの方がしっくりくる。

僕が吉澤嘉代子の楽曲を聴いて感じることは、彼女の邦楽史への敬愛の念だ。彼女がこれまで辿ってきた日本の歌謡曲を、彼女の楽曲を通して追体験できる。そこに音楽としての革新的な部分は感じない。「私は日本のこんな歌が好きで、こんな歌を作って、こんな風に歌いたいのよ」という強い気持ち・強い愛に満ちている。

4thアルバム「女優姉妹」について

「女優姉妹」の話に戻す。
このアルバムは先行シングル3曲「月曜日戦争」「残ってる」「ミューズ」にリード曲「女優」を核とした全10曲、収録時間36分という非常にコンパクトにまとめられたコンセプトアルバムだ。コンパクトだがその実、濃厚で味わい深い。渡辺真知子や八神純子や久保田早紀や松谷祐子といった往年の歌手の記憶が蘇る。全然世代じゃないが否応なく蘇ってくる。僕の浅学さではそのあたりの成分しか感知できなかったが、おそらくもっといろんなものが複雑に巧妙に入っているのだろう。

加えて彼女自身の歌唱法も楽曲の魅力に拍車をかける。アイドルのような甘ったるい声も、妖艶な裏声も、骨太なこぶしもふんだんに織り交ぜてくる。うちの6歳の息子も好きで過去の楽曲「地獄タクシー」や「手品」を口ずさんだりするが、同じ人が歌っていると知ったときはあまりの衝撃に驚嘆の声を上げたほどだ。

よくアルバムの曲順を野球の打順になぞらえることがあるが、それに倣うと曲順も素晴らしい。1曲目からしっかり流れを作って、4曲目に威風堂々たる「女優」を配しているあたりがなんとも憎い。憎らしい。あざとさすら感じるほどに。

その後アベレージヒッターが続き、ラストを飾るのは「最終回」。ラストを飾るに相応しい華々しい曲調だが、全体に愁いを帯びた切ない歌である。そしてラストの曲は1曲目につなげる役割も担っている。そう考えるとこの「女優姉妹」という舞台の幕が下りた後、自らを見つめなおす「鏡」に向かうというのは、なかなか粋な演出ではなかろうか。

「最終回」歌詞への不満

散々褒めちぎった本作「女優姉妹」であるが、ラストの「最終回」には若干不満もない訳ではない。ひとつ断っておくと「最終回」は本作の中で個人的に一番好きな曲である。だからこそ書かずにおけない面倒くさいファン心理をご理解とご容赦願いたいのである。

それはこの曲のサビ前のフレーズ「ワンテイクでキメるわ」「ワンショットでキメるわ」の順番である。

歌詞を読めば読むほど、このフックとなるフレーズの順番は「逆」である。1番で「ラストシーンは私のもの」と直前で宣っている。もうカメラは主人公だけを抜いているはずなのである。「ワンショット」でキメるのはここしかないのは自明の理であろう。

そして2番冒頭で「私はいつもすぐに最終回」と主人公が嘆いている。つまりこの「最終回」は繰り返されていることがわかる。そして「主演女優賞は渡さないのさ」と息巻いていることから「もうミスは許されないのだ」という逼迫した状況が見えてくる。ここである。ここでこそ「ワンテイク」でキメてくれないと、そのフリが効いてこないではないか。いやほんとに。

名曲「手品」の惜しさ

この惜しさは、これまた僕の好きな「手品」の中にもある。手品は男女の恋愛の駆け引きを「手品」に例えた曲である。恋愛中の男女はお互いをより良く見せようと「ミスリード」させあう、言わば手品を仕掛けあう構図である。その滑稽さと切なさをシニカルに描いた良曲であるが、歌詞が非常に惜しい。

この曲は「このまま二人で逃げようか」という一節から始まる。ここ、「逃げようか」ではなく「消えようか」とした方が良い。それはこの曲最後の「うその魔法で消してあげる」という1フレーズのインパクトが大きく変わってくるからである。途中に出てくる「この恋もいつか消されるのかな」という一節からもわかるように、この曲は手品に付きものの「消える」ことを恋愛の象徴と捉えている。「消えようか」と言い出す男に対して、別れ際に「消してあげる」と強がってみせる主人公のいじらしさがより意味を持ち、胸をえぐるのだ。いやほんとに。

つまるところ一番伝えたいことは

これだけ偉そうに語っておいてどの口が言うと方々から叩かれそうだが(叩かれるほどの影響力はないが)吉澤嘉代子はやはり邦楽史においても稀有な才能を持った素晴らしいシンガーソングライターだと思う。このことを伝えたいがためにこの度noteに登録した僕の熱意を汲み取ってほしい。この記事をもって最初で最後の投稿になるかも知れない。ただ、どこかにこの想いを書き留めておきたかった。あわよくばいつかご本人に届いてほしいという願いもある。それはそう。そうでなければこういう媒体を選ばない。

そしていつの日か、ご本人がこの記事を目にしたときに苦情を申し立ててほしい。僕のアカウントを「消してあげる」と言ってほしい。

それがこのnoteのあるべき「最終回」なのだ。
(了)


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