シートノックの最後の1人問題
野球あるある:シートノック最後に残った選手はシゴキにあう。絶対捕れない打球を打たれ、それに飛びつかないと怒られる。
皆さんはこの光景を見たことあるだろうか?
もしくは、体験したことがあるだろうか?
私はあります。
シートノックの最後の選手はなぜあんなことをされるのか?
はじめに、私の意見を述べると、私はこの光景が嫌いです。大嫌いです。
指導者になってから”これ”をしたことはありません。むしろ、ノックで極端に左右前後にふったこともありません。それに効果があると思えないですし、(選手を技術的に成長させることを目的とした場合)悪影響であり逆効果だと思っているので絶対にしません。
では、あの光景はなぜ生まれるのでしょうか?
あの光景の練習効果が何かあるのであれば教えてください。
野球界公開虐待問題
SNSが一般的となり、若者だけの文化であった世界に大人たちも参加するようになってきた。
今回、noteにこの話題をあげた理由は、チーム名は伏せるがある独立リーグチームの動画にこのような光景が写っていたからだ。SNS上に動画で全世界に公開していたのだ。動画内にいる選手も何疑うこともなく盛り上がっていますし、SNSにアップした広報の方も良いと思いアップしているのだろうと考えられる。
ここには2つの疑問点がある。
①この練習に疑問をもたないチーム関係者たちの意識
②これをSNSにアップしたチーム関係者たちの意識
この動画を見て、こう感じた人がどれだけいただろうか。
野球を職業としているプロの方々がこれでは、野球界の未来はコロナの影響を受けている日本社会より暗いことは誰の目にも明らかだろう。
ある中学硬式チームのSNSには…
これは、昨年度の話になるが、ある中学硬式チームのSNSに「100本ノック!みんながんばれー!」(←記憶が定かではない。文言は少し違う可能性あり)というタイトルの投稿が上がっていた。そこには、フラフラになりながらノックを受けている選手の動画がアップされていた。
この投稿はおそらく、SNS担当の保護者がアップしたものだろうと思われるが、ここにも2つの疑問点がある。
①100本ノックの練習効果
②これをSNSにアップしている保護者の感覚
その最後に「選手募集」などという文章がのっていたとしたら、何を持って選手を勧誘しているのか。「君も一緒に100本ノックを受けよう!」という意味だろうか。であれば、そのチームは選ばれないだろう。
野球界に残るこの文化
令和の時代になぜこのような練習が残っているのだろうか。他にも意味のない文化が多く残っている。
こういった練習を見つけると、指導者の理想を選手に押し付けているようにしか思えない。
野球は厳しいもの
野球は耐えるもの
野球は根性
でないと強くなれない
でないと感動できない
これらは、全て大人側のエゴです。
日本の野球指導者は指導方法をアップデートしよう。でないと、野球人口はどんどん減少するだろう。幼稚園や保育園に野球普及活動をする前にするべきことはたくさんあるはずだ。