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優しくて大好きだった会社の同期の話
私が会社に入社したとき、同期は10人いた。
その中の1人のNとは部署も同じ、担当業務も同じ。ということで4ヶ月間の新入社員研修を一緒にまわることになった。
Nはヒョロヒョロしてて、顔もふつう。私は面食いだ。Nに対して、男性としての興味は全くわかない。Nにはかわいい彼女がいたので、私を女として見てなかったと思う。お互い様だ。私のことをオバサンっていつも呼んでたもんな。
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研修が始まって、いろいろな部署の先輩方と過ごす。気を使う場面が非常に多い。そんな中、先輩との会話が途切れないようにいつも頭をフル回転させるN。笑顔で明るく、ユーモアを交え、しかも人の気分を害することは口にしない。
食事の際も、メニューの配布からオーダーまで全てNが率先して行う。先輩社員の水がなくなったと思えば、すぐに店員さんを呼ぶ。「お水をいただけますか。」店員さんにも腰が低い。私にも同様の配慮をしてくれる。
先輩方から話しかけられると、とても人懐こくよろこぶNは、研修が始まって数週間で「すてきないい子だ」と評判になった。
部署の飲み会でもNは大活躍。上司のお酌をしたり、先輩にいじられて場を盛り上げたり。完全なムードメーカーだ。Nと話す人はみんな楽しそうで、無邪気で、いつもうるさかった。「うるさいなあ」と冗談で言うと、おどけた表情を決まって見せた。
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社内での昼食はNといつも一緒だった。2人だけのときは、お互いマンガが好きだったのでよくその話をした。恋愛トークや下ネタも多かった。「なんかおもしろいことして?」とムチャ振りすると、いつもつまらないことをしてくれた。「全然おもしろくない」と真顔で言うと、くっくっくっと肩を揺らしながらニヤニヤしていた。Nのいないお昼ご飯はさみしかった。
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Nは他の人のことをいじることはなかったが、私には遠慮がなかった。私が長靴を左右逆に履いているのに全く気づかなかったときも「え?長靴逆じゃね?足どーなってんの?やばっ」とゲラゲラ笑っていた。気を許してくれてるのがうれしかった。
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その日は社外でNと研修だった。「1駅分歩けば始発駅だよね。電車座りたい。始発駅から乗らない?」と私は聞いた。Nはなんでも笑顔でオッケーしてくれる。1駅分どうでもいい下らない話をしながら歩く。途中クレープ屋さんがあった。じゃんけんで負けた方がおごることになった。私が負けた。「どうせ食べきれないんだから、半分ちょうだい」とN。さすがこの数ヵ月ずっと一緒にいただけあって、私のことよくわかってらっしゃる。
そして電車を始発駅で待つ。電車が来る。並んでいる人はとても多いが、先頭で待ってるんだ。座れる。そう思って乗り込んだら、Nと真逆に進んでしまった。お互い自分の席は確保できたが、これじゃあ隣に座れない。そう思って2人でまごまごしているうちに席は他の人に取られてしまった。わざわざ始発駅まで歩いたのに、まごまごしたせいで結局2人して立つことになった自分達に爆笑した。「わざわざ歩いてクレープ食べただけじゃんww」と。
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結局満員電車の中、立つことになった。と、目の前の中学生の男の子が慌てている。Nに「彼、なんかあったのかな」と聞くと、Nが男の子に「どうしたの?」と聞いた。
「カバンが挟まって…」という男の子。見るとカバンのヒモが扉に挟まっている。「どこで降りる予定だったの?」と聞くとすでに10駅ほど過ぎていた。しかも、こちら側の扉はあと20駅ほど開かない。このままじゃすごく遠くまで行くことになってしまう、と半べそをかいてる男の子。
Nが「俺が車掌さんに言ってくるよ」とホームを走った。結果、20駅開かない予定のこちらのドアは次の駅で開いた。男の子は安心して、何度もNにお礼を言った。「ここから1人で帰れる?」と聞くと大丈夫だと言うので、ホームで男の子を2人で見送った。
「椅子には座れなかったけど男の子助けられてよかったね」と私が言うと「そうだね、クレープも食べれたし」とNは言った。
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それから数ヵ月後、Nが仕事で失敗をした。昼食の時「会社を辞めたい」とNはボソッと言った。Nが弱音を吐くのは初めてだった。私は飲みに誘った。
Nは彼女との関係や仕事の悩みを私にぶちまけた。これほど悩んでいるとは思わなかった。Nはふだん、弱っているそぶりを全く見せない。
ここまで読んでくださった方には、Nのすばらしさが十分伝わっていることと思う。
しかし、その時Nは自分の長所を見失っていた。心ない人から言われた言葉を過剰に気にして、身動きが取れなくなっていた。
私はNのことを本当に尊敬していること、あなたはこんなにすばらしい人なんだってこと、丁寧に丁寧に説明した。Nの泣き顔をはじめて見た。飲み終わったあと「相談してよかった、ありがとう」と連絡が来た。
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それからすぐ私は元旦那と結婚、妊娠した。
それまで毎日Nとお昼を食べていたが、つわりでなにも食べられなくなった。
私の様子がおかしいことに気づいたNは「もしかして妊娠した?」と聞いてきた。妊娠のことを誰にも言いたくなかった私は「違うよ!」と素っ気なく言った。
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つわりが辛くてほとんど会社にこれなかったが、妊娠後期に入り再び会社にこれるようになった。
Nと全然話ができていない。最後に飲みに行って悩みを聞いてもう数ヵ月経つ。そろそろまた飲みに誘おう。妊娠のことをきちんと報告しよう。来週ならいいかな、そう思った。
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次の週の月曜日、Nは会社を休んだ。風邪を引いたらしい。LINEをするか悩んだけど、しなかった。次の日もNは休んだ。その次の日も。前にも風邪で数日休んだことがあった。
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その週の木曜日、朝一で上司に呼び出された。仕事のことで叱られるのかな~嫌だな~と思いながら向かった。
上司は言った。
「Nくんが亡くなりました」と。
え????
????
病気ってこと??
なんで????と冷静に思った。
「なんでですか?」と私は聞いた。
「自分で命を絶ちました」と上司は言った。
*
涙が止まらなかった。
そんな苦しんでたの?
1人で?
誰にも打ち明けなかったの?
だって先週まで笑って生きてたよね?
これから飲み会だって笑ってたよね?
いつも明るく元気で、人を笑顔にして。こんなに尊敬できると思った相手はNがはじめてだった。Nがいると世界がパッと明るくなった。なのに。どうして。もう会えないの?
*
悲しさと同時に、深い後悔に襲われた。Nが悩んでいることを知りながら、なぜもっと早く声をかけなかったのか?つわりが辛かったから?そんなの言い訳だよ、まさかNがこの世からいなくなるなんて思ってなかったんだ。
私が悩みを聞いたところでNを救えたとは思えない。でもなにか伝えられたかもしれない。私にできることはなかったのか?今だにその思いを拭いきれない。
Nみたいなすばらしい人間がこの世からいなくなったのに、私はなぜ生きてるんだろう?とすら思った。
いなくなってはじめて気づいた。本当に本当に大好きだったんだ、Nのこと。
でももう、いくら後悔したってNとは会えない。なにもできることはない。
*
数年たった今も、ふとした拍子にNのことを思い出す。会いたいよ。またくだらない話がしたい。また騒いでる、うるさいなあって思わせてくれよ。
あの電車に乗ると思い出すんだ、クレープを食べて男の子を助けたあの日のこと。
長靴を見れば、爆笑してたきみの姿を思い出す。
つわりが収まったあの時期に、私がなにかしてれば、君は今も生きてくれるのか。
妊娠したことも、出産したことも、なにも報告できなかった。離婚もしちゃったよ。
明るく人気者のきみが、なんでいなくなる必要があったのかわからない。
でも、それほど辛かったってことなんだよね。遺された人たちの気持ちなんて考えられないくらい追い詰められてたんだ。そもそも、そんなもの考える必要もない。
弱音を吐かずに1人で抱えて、悩んで悩んでその結論に至ってしまったんだ。
亡くなったことに対して「なんで?」「なにも死ぬことはなかった、逃げればよかったのに」と確かに思う。
でも「なんで?」じゃないんだよ。それほど辛かったんだ。「なんで?」なんて理由を問う資格は誰にもないんだよ。理由がわかったってもうできることはないんだから。わかってほしいと思わなかったから、なにも言わずに亡くなったんだから。
「なにも死ぬことはなかった」じゃないんだ。わからないだろ、本人の苦しみが。人の苦しみを自分の物差しで測ろうとしちゃだめなんだ。Nにとっては他の選択肢がないほど、辛いことだったんだ。
そもそも、理解しようとすることが傲慢なんだ。
会いたいなんて言う資格もないのかもしれない。
*
Nは極度の完璧主義だったのだろう。
周囲に対する過剰な気遣い、仕事での些細なミスでの落ち込みよう。
周りの目を気にして気にして気にして、その結果誰にも嫌われないNが完成したのだ。
弱さゆえの完璧主義だったのかもしれない。
Nは、自分自身が本当にステキでとてつもなくすばらしい人間だと気づかずに亡くなってしまった。
*
ここまで読んでくださったかたにお願いしたいことが2つあります。
1つ目…今周りにいる大切な人に、照れくさくても、感謝の気持ちや愛する気持ちをきちんと言葉にして伝えてください。
それしかできることはないんです。その言葉で救える命があるかもしれません。
失ってからでは遅すぎます。会いたくても会えないんです。永遠に。
2つ目…誰かが亡くなったと聞いて「周りの人は気づいてあげられなかったのか」と遺された人に言うのはやめてください。
あなたがその言葉を遺された人に向ける必要はないんです。だって、遺された人たちは後悔して自分をずっと責めているんですから。
死を選ぶと言うのは、本人の問題。他人がどうこうして救える可能性は低いのだと思います。優しい言葉を一時的にかけたところで、その場しのぎにすぎません。
そうわかっていながら、遺された人たちは「なにかできることはなかったのか」「どうして気づいてあげられなかったのか」とそれはもう繰り返し繰り返し、答えは出ないのに考え続けています。
遺された人たち、というのもなんだか被害者面をした表現で嫌ですね。
でも、大事な人を失うと、生きる意味を自分自身に問うてしまいます。大切な存在であればあるほど、死が連鎖してしまうのではないかと思うのです。「一緒にそちらに行きたいなあ」なんて、死後の世界に引っ張られてしまうのです。
だから、関係のない人は冥福を祈るだけにしておいてください。亡くなった本人の意思を尊重して、余計なことを詮索しないでください。遺された人をこれ以上苦しめないでください。
そして、誰かが亡くなる原因を作った人、2度と繰り返さぬよう深く深く反省してほしいです。原因作った人ほど、その現実から目を背ける傾向があります。だからこの言葉は届かないかもしれない。
大切な人が亡くなる悲しさを想像できない方に、少しでも辛さが伝われば幸いです。
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