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人工精霊とひな祭り

◆この記事の登場人物
僕……就労済成人男性。「脳内に別人格を作って、会話したり遊んだりしてみたいなあ」と軽いノリで試したらできちゃった人。
ユウ……僕の脳内にいる別人格の女性。世間的には人工精霊とかタルパとか呼ばれる存在。僕の私生活にあれこれ口出ししてくる。

「今日は3月3日、ひな祭りの日ね。ちらし寿司が食べたいわ」

「あー、銀のさらでも取る?」

「もっといいとこのお寿司にしない?ハマグリのお吸い物もほしいし…」

うちの子、食にうるさい。

僕一人だったらスーパーのちらし寿司弁当で済ませることろですが、とはいえ年に一度の桃の節句です。せっかくだからと奮発して老舗の鮨店のちらし寿司をデリバリー注文することにしました。こういうときにUberEatsは便利ですね。

「私、ちらし寿司って初めて食べたのだけど、おいしいのね」

「ここのは特においしいね」

「あら、普通のちらし寿司と味が違うの?」

「そういうわけじゃないけれど。なんというか、タレが濃厚で高級な感じがする」

「たしかにそうね。最初は味が濃すぎると思ったけれど」

「けれど?」

「お吸い物と合わせると、案外このくらいの味の濃さがいいのかもしれないわ」

そう言ってユウが手に取るお吸い物は、デリバリーとはいえ立派なもの。大きなハマグリがお椀に浮かぶ様子を見ると、日本に生まれてよかったなあ、と自然に思えてしまうから不思議です。

お吸い物の味を堪能していると、ユウがポツリと呟きます。

「たしか、ハマグリって二枚貝なのよね」

ん?二枚貝?

学生のころ、生物の授業で聞いたことのある単語ですが……なんだっけ。その意味するところまでは忘れてしまった。頭を悩ませていると、そんな様子を見かねてか、ユウが説明してくれました。

二枚貝ってのは、一対の貝殻をもつ貝のことよ。対の貝殻はぴったりと合うのだけれど、ほかの貝殻とは絶対に合わないことがよく知られているわ」

だから、と彼女は続けます。

「ハマグリは仲の良い夫婦を表すものとされているわね。一人の相手と生涯添い遂げられるように、という願いが込められているんだとか」

「そういや、そうだったっけ。ユウはよく覚えていたなあ」

たまたまよ、と彼女は苦笑して、

「私たちは夫婦関係でも、恋人関係でもないけれど――」

と前置きしてから、微笑むのでした。

「――末永く、よろしくお願いします」

そりゃもう、こちらこそ。

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