時は平等に訪れる。
突然ですが、なぞなぞです。
「朝は4本。昼は2本、夜は3本の足を持つ生き物は、なんでしょう?」
このなぞなぞは、聞いたことがある人も多いかと思います。
これはギリシャ神話に出てくる、怪物スフィンクスが出す謎かけです。スフィンクスから出された謎に答えられない者は、スフィンクスに食べられてしまいます。答えたのはオイディプス王。その答えとは「人間」でした。産まれたときは4つ足で歩き、成長していくと2本足で歩く。さらに年齢を重ねると杖をつき3本足で歩く。オイディプス王に答えられたスフィンクスは壁に飛び込み、命を絶ちました。
ここ何カ月か母親の言動や様子がおかしいので、認知症を診てくれる病院へ行ってきた。患者さんが多いらしく、2カ月くらい前に病院を紹介してもらって、ようやく順番がまわってきた。兄が母親に付き添い、ほとんど病院の待合室で一人で待っていた。正面に受付と会計があり、アクリルボードの奥には病院のスタッフが5、6人。左手の奥に診察室がいくつかあった。待合室には常時20人ほどの人間が居る。
病院というのは不思議な空間だと思った。そこの病院の性質上、来院される方は高齢の方が多いのだけれど、一人で来られる方や、介護士の方と来られる方。お子さんと来られる方に、ご夫婦で来られる方もいる。ときどき街で仲が良さそうな老夫婦を見かけることがあるが、いままでは仲良く公園にでも行くのかと思い、微笑ましく思っていたのだが、どこか具合が悪く、病院に通っている方も居たんだなと、勝手な思い込みに反省をした。
待合室の隅に血圧測定器があったのだが、診察の時に出す為の数値が高かったのだろうか? 何度も図っている方が居たり、御自分も足が良くないのに他人に席を譲ってあげた年配の男性や、女性の患者の愚痴をその車椅子の横で優しく聞いている看護師の方。幼い子供を連れた金髪の若い夫婦の旦那さんは、その見た目からは反して、杖をついた女性の進行を邪魔せずにずっと待っていたり。その幼い子供はつまらないのだろう。待合室を歩き回ったりしていて若いお父さんに怒られている。それを見て、ふと思い出した。幼い頃、風邪をひいて街の小児科に連れて行ってもらったことを。正確には、その当時は『連れて行かれた』なのだが。病院の匂いも雰囲気も全部、嫌だった。治してもらっていて、申し訳ないのだけれど病院は好きになれなかった。注射も痛いし。のどに変な苦いのをつけるし、お医者さんが手に持っている器具は怖いし、特に歯医者さん。そんな気持ちで病院に行っていたものだから、帰りたくて仕方がなかった。ピンクの薬をもらって帰るのだけれど、人工的ないちごの匂いと甘い味がして嫌だったなぁ、あの薬。
検査が終わり、母親が出てきた。「野菜の種類を聞かれた」「ここは何市ですか」とか、MRIのことだろう、なんか寝かされて調べたらしい。兄に聞いたが、幸い脳に異常は見られず、認知症ではないらしい。が、感情の浮き沈みが激しいので、とりあえず薬を飲んで様子を見て、来月また来てくれとのことだった。兄からそんな話を聞きながら、会計の順番を待っていたのだが、隣で「会計をして帰っていいと言われた」と何度も母がつぶやく。「うん、順番だからもうすぐ呼ばれるでしょ」と言うのだが、早く帰りたいのだろう「会計をして帰っていいって言われたのに」と繰り返す。「もうすぐ呼ばれるよ」「会計をして帰るんでしょ」と。とりあえず「じゃあ、先に車に行って待ってようか?」と兄を残して病院を後にするのだが、今度は立ち止まり兄のことを気にする。まるで子供のように振舞う。
幼い頃、母親に連れて行かれた病院が、今度は子供が親を病院に連れて行くことになる。
帰りに久しぶりに回転寿司に寄った。母親は4皿くらいしか食べなかった。ずいぶんと食が細くなった。それでも最後にデザートのケーキを注文して、それを美味しそうに小さなスプーンで食べていたのを見て嬉しくなった。
帰りの車で先日、銀行でまとまったお金を下ろそうとして、銀行員に警察を呼ばれた頑固者の父親の話をして家族で笑った。実家に着いて母と兄を降ろし声を掛ける。
「また来週か、再来週に来るよ」
母親は頷くとゆっくりと玄関に歩いていく。とても優しくて気が付く人だ。今までは車から降りても、ずっと見送ってくれた。振り返らない、そのまま玄関に消えていく。
子供の頃、母親に連れて行かれた小児科の待合室、茶色いスリッパと茶色いシートが妙に懐かしい。
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