見出し画像

宇宙船と、未来都市と、焚火との関係

好みの問題だろうと思うが、僕はどーも無機質でメタリックな、というか、プラスチック樹脂のような、ハイテク環境というものに抵抗がある。身近なところで言えば、新幹線や旅客機の客室内のような。長時間いると、その環境ホルモンが自分の体内に浸潤してきそうな(気がして)、息苦しさを感じる。

そこで心配になってくるのが未来の居住環境である。
未来ともなれば当然、小型シップや母船など宇宙船での生活も余儀なくされそうだ。イメージだけど、しかしそこはどーしても心身にあまりよろしくなさそうではないか?
中には樹脂や金属アレルギーの人も少なからずいることだろう。

現在のところ、この地上には、スペースコロニーや、テラフォーミングといった、それ一個でまるで惑星地球クラスを形成するような巨大宇宙船(宇宙ステーション)や惑星植民構想がある。
(メイドインアース以外の)そうしたものはこの宇宙空間にすでに存在しているらしいが、その前に普段使いの(?=街乗りの意味)未来の小型シップ(UFO)の内部環境を問題にしたい。
アポロなどに見られる現行の地球製のものは、アルミニウム合金や炭素繊維強化プラスチックなどの複合材料がそのマテリアルだそうだから、なるほど(さもあるらん)とうなずける。

大概のSF映画でのそれも、上記のような冷たい印象のしつらえで、よく言えばスマートでクールな、悪く言えば冷蔵庫や倉庫の中のような感じで、さらにその延長線上に構築される「近未来都市像」という一定のイメージが、オーバーラップしてくる。

『AKIRA』や『ブレードランナー』はじめ、多くの作品で描かれているそれは、だいたい似たり寄ったりで、しかも大概は退廃的な社会がモチーフになっていたりする。
わが国でSFというジャンルを語るときに、古典ともいえる手塚治虫氏の漫画『ロック冒険記』や『鉄腕アトム』が挙げられるが、そこに描かれている未来都市は高度経済成長期の社会背景が後押ししてか、夢や希望があふれるものではあるものの、土や樹木や花といった有機的な存在は見かけられない。

未来の正義の味方ロボット『鉄腕アトム』(1952)
=「未来」とは、21世紀の現代社会を指している

もっとも、さらにさかのぼって、フリッツ・ラングの映画『メトロポリス』(1927)で、そのイメージはほぼ完成されていたともいえるかもしれない。

SF映画の古典『メトロポリス』から=近未来都市の景観はマンハッタンや新宿を
さらにグレードアップした観すらある。どことなくメーソンっぽい雰囲気が…。

宇宙とか、未来とかのイメージにそのような無機的なテクノロジー一点張りというのもいかがなものか? といつも思う。

それでは、それに代わる未来の青写真はないのだろうか?
というと、昨今騒がれているSDGs的なそれが浮上する。
さらに、多くの自治体が進めている「スマートシティ」構想などもそうだろう。
「脱炭素社会」などといういかにもジェントリーな理念の裏に、大手企業やコングロマリットの利権をうかがわせるそれは、その”落とし物”として「コオロギ食」や「オールジェンダートイレ」などの矛盾や奇異な現象を生んで当然である。

アメリカ合衆国自体がすでに軍産複合体や医産複合体の主導で国家を動かしているように、その背景には政府や国家の裏のいわゆるディープステートへの忖度すらうかがえるではないか?
酷い時は一部資本家の「趣味」次元ですらある。

さまざまな歯の浮くようなスローガンを抱えた”持続可能な”それは、全体主義的な監視社会への布石であることを見抜かなくてはならない。

シンガポールのスマートシティ構想=Courtesy of the Housing & Development Board

となると、むしろひとまずはそうした社会を離れることが賢明ではないだろうか?
理由は、僕たちは飼育箱の中でのアリではないからだ。

ニュージーランドのタイニーハウス=『イエモネ』より(写真下も)
タイニーハウス内部はコンパクトで快適である

別にオフグリッドでなくてもいいが、できるだけ都市部を離れて山中などに小さな居住空間を構える。
アメリカで火のついたタイニーハウスムーブメントは今や世界中で多くの若者に支持されている。トレーラーハウス型のそれであれば、住む場所に固定されない。
なんといっても、数百万円で「自分の城」を持ててしまうのが魅力だろうし、維持費も少なくて済む。
それは、あえて「エコロジー」を語らずともエコロジカルだし、農作物なども自給自足できる環境であれば、近隣のコミューンとの地産地消、物々交換で十分だ。

どんなに立派な未来像であっても、それが現行のような奴隷的な支配構造が変わらない間は、形骸化するし、むしろ害になる。

という意味で、都市部の人々を攻撃している有害な「電波・電磁波」から離れ、瞑想なり自己と向き合う時間をそこで作れるのであれば、それこそ「今」必要なライフスタイルの一例と見ることができるかもしれない。もちろん非常時の際の「避難場所」にもなる。

ただ、それはあくまでも「過渡期的」なそれであり、僕たちが心身ともに平安に、リラックスできて過ごせる環境づくりはその次のテーマだろう。

僕は40年来の愛煙家であることは何度か書いた。
他人が煙草を吸おうが禁煙家であろうがどーでもいい話であるが、宇宙船の中や、未来都市での「喫煙」はどーにも分が悪い。
下手をすると「逮捕」されてしまうような気配さえある。
(現在の社会ですらそんな感じですからね・・・)

僕の場合、喫煙とは、焚火やかがり火と同様な「癒し」である。
(ナニオヘリクツヲナラベテジコセイトウカシテンダ!)
喫煙とは考えてみれば、いつも「火」を身近に携える行為である。
(シテキナヒョウゲンデケムニマクナ!)
拝火教や真言の護摩である。
(コジツケルナ!)

焚火をずーっと眺めていられる人は意外と多い。
それは「瞑想」効果もあるからだろう。
喫煙、とりわけパイプ喫煙などは特にそれを身近なものにしてくれる。
それは口に咥えながらの焚火であり、その煙の薫香(くんこう)を楽しみながら、ある考えに浸ることができるのだから。
(電子タバコはダメですね)

焚火といえば、小枝。
小枝といえば樹木。
だから、僕は木が好きだ。
ケミカルな床材や、壁材ではなく、やはり無垢の木のものが落ち着く。
石でもいい。

何を言いたいのか、というと、未来の「宇宙船」や「都市」に求めるものはそうした「自然」の環境が望ましいということ。
僕は、デジタル信号で判断するような機械的なものではなく、もっとファジーな余地がある、大自然との共存した未来像があってしかるべきと考える。

・・・と、憂慮するまでもなく、実際は、他星の先端文明などは実はそこんとこをちゃーんと押さえているらしい。

たしか『奇跡のリンゴ』の木村秋則さんも、宇宙船の中の印象を、なんだか宇宙船そのものが有機的な生き物のような感覚だったとか述べておられた。
人が感じる冷暖や明暗などは自動的に調整されて、まるで機械と心が一体となっている感覚(猫バス?)。

ものの本によると、高度なシップになると物質的なものから高次元のものになり、そのコックピットには操縦機やメーターなどの機材は一切ないらしい。つまり、操縦は操縦者の「思念」が行うため、それなりの訓練を積んだものにゆだねられるらしい(さらに高度になればシップそのものが不要)。

まあ、そうであればおそらく(スタートレックの宇宙船エンタープライズのような)無機質なものではないらしいから、家までの移動もノンストレスだ。

それと、安心材料として、他星の存在たちの多くも、僕たちのような自然愛好家が多いらしいこと。
しかも、テクノロジーとそれが見事に融合しており、なんといっても美しさこそがその都市のコンセプトとなっているらしきこと。

いやー、いいですね。
ガーデニングでたくさんの花々を咲かせること。
そんな未来こそが、ホントーではないですかね?

プレアデスの母船=『The Portal』より(下も)
プレアデスの都市=彼らは自然の山川、湖水、草木、花々を大事にし、クリスタルの建物に住む。



いいなと思ったら応援しよう!

Monikodo
東洋哲学に触れて40余年。すべては同じという価値観で、関心の対象が多岐にわたるため「なんだかよくわからない」人。だから「どこにものアナグラムMonikodo」です。現在、いかなる団体にも所属しない「独立個人」の爺さんです。ユーモアとアイロニーは現実とあの世の虹の架け橋。よろしく。