誰かから誰かへの本気の手紙を「ラブレター」と呼びます
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阪神淡路大震災での 母と暴走族の絆
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★今日の学び-涙のラブレター
<お母さんと暴走族>
お母さんへ
また1月17日がやってきます。
あの日、阪神・淡路大震災から15年経つのを待たずに、あなたは天国のみんなのところへ逝ってしまいましたね。
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・・・「あれほど成人式に出たいと願ったのに、出られずに死んでいった命を、私はいっぱい目の当たりにしたんよ。あの、成人式で暴れている子たちは、何が気に入らんのやろねぇ、今、元気で生きてるという幸せ以外に、何が欲しいんやろねぇ」
震災で亡くなった、当時中学生だった友達の息子さんの成人式を、震災6年後の時に、自分の店へご両親を呼んで、ささやかなパーティーで祝ってあげたお母さんだから、その言葉は本当に重かった。
そう、あなたは、未来のある若い人が、本当に好きだったね。
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震災当時、交通網はいたるところで断ち切られていて、でも、お母さんは食料や衣料の支援物資を、歩いてでも運ぼうとしたでしょ。
そんな時、店の近所でタムロしていた暴走族の若い子たちに、なんとお母さん、
「あんたら!わけもなく走ってんのやったら、バイクにこの荷物を積んで、神戸の被災地に運んであげて。ガレキだらけでも、あんたら若い子のバイクやったら行けるはずや。行けるところまでバイクで行って、アカンかったら、足で歩いて届けて!」
なんて、頼んだそうやね。
私、それ聞いてビックリしたわ。
でも、もっと驚いたのは、その暴走族の子たちが「うん、分かった」って言って、それから毎日毎日、仲間も連れてきて、支援物資をバイクに積んで運んでくれたこと。
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あの子たち、だんだん顔つきか変わってきて、
「おばちゃん、オレな。生まれて初めて、人に感謝されてん。被災者の人らな、自分らが大変やのにな、『兄らゃんら、事故せんように気ぃ付けて帰ってや、ありがとうやで』って、こんなオレらにな、何回も頭下げてくれんねん」
って、照れながらもホンマ嬉しそうやった。
あの子ら、あのあとすぐに暴走族辞めて、仕事しだしたもんね。
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みんな、お葬式に駆けつけてくれたんよ。
お母さんに怒られた話ばっかり、してやったわ、
あなたの思いは、あなたの心は、私たちに刻まれているよ、確かに、あの子らに受け継がれているよ。
お母さん、ありがとう。そして、お疲れ様でした。
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◎ヨシモトブックス
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