タイムスリップ
生活の音がうるさいとあなたに注意されたのに、うっかりまた大きな物音を立ててしまって「しまった!」と思った瞬間、泣いたり、笑ったりしてしまう。その日によって、幸福か、不幸か、またそのどちらでもないか、感じ方が全く違うの。おかしいでしょ。
一人きりの1LDK。そこにいるのは私だけ、キラキラ光るクリスマスツリーはあるけれど、小さなソファに寝転ぶあなたはいない。ずっと前からいないような気もするし、最近いなくなった気もする、はじめっからいなかった気にもなるし、まだいるような気もするの。床に転がるプラスチックのコップが、いつからそこにあるのかもわからなくなる。タイムスリップしてしまったみたい。
昼寝をしているあなたに「生きてる音がうるさい。」と言われた。「嫌われたんじゃないか。」と疑ってドキドキしてあなたを見ると、あなたは少し笑って「うるさいな。」と言って寝返りを打った。あの日から、あの場面がずっとループしてるの。不安と緊張、そして一息つく、その繰り返しをずっとしている。日によってあなたの横顔を見れたり、見れなかったり。いつまで続くんだろう。
あなたとの生活がずっと続かないと不安がるより、あなたとの生活がずっと続くと不安がるより、あなたとの生活そのものに没頭すればよかった。私は人の目を気にして、私は恥をかきたくなくて、目の前のあなたより、過去や未来のあなたのことばかり考えていた。結末が同じだったんなら、優しくて、いじわるなあなたのことをもっと楽しめばよかった。
もっとおしゃれをして、私の好きな服、私の好きな料理、私の好きな音楽、私の好きなインテリア、私の好きな車を選べばよかった。皮肉屋なあなたの私に対する嫌味を聞けばよかった。そして私らしく反論したり、受容したりすればよかった。
「うるさい」と言われてうろたえる私はもういない。私、少しおばさんになってしまったの。レジの前で時間をかけて小銭を数えるし、プレゼントの趣味じゃない人形をテレビの横に置けるようになってしまったの。脱いだブラジャーをテーブルに置いてアロマをたいたり、読書をしたり、コーヒーショップの空きカップに多肉植物を寄せ植えて、アイロンをかけたり、ヨガをしたりするの。CMの音楽に合わせて、変なダンスもする。
私、あなたのこと全然知らないと思ってたけど、あなたも私のこと全然知らないでしょ。あなたは私のことを「せっけんのにおいがする」と言ったけど、私の汗は枯れた草のにおい、日に焼けた干し草のにおい、死んだじいちゃんと同じにおい。そして、私の汗が煮詰まると熟して腐った果物のにおいがするんだよ。あなた、全然知らなかったでしょ。私の夏のブラジャーと私の弟の車は同じにおいなんだよ。
私、男の子だよ、私、女の子だよ。私、男の人と女の人の遺伝子からできてるの。私、あなたのこと、男の人だと思ってた。私より賢くて、強い、たくましい男の人だと思ってた。おかしいよね。あなたも男の人と女の人の遺伝子からできてるのに。タイムスリップして教えてあげたい、あの時うろたえた私に教えてあげたい。