満月の子
湖のほとりの神社で、狛犬の赤ん坊が産まれた。満月の夜だった。列島の北から南まで、さまざまな神や、神じゃないものたちが集まり、それはそれは祝福されて狛犬の子はこの世に産まれた落ちた。
夜空に輝く満ちた月のように、ぴかぴかと光った赤ん坊だった。まんまるのおでこ、まんまるの目。かわいいかわいい、玉のような狛犬の子。誰も彼もがこの子の丸々と輝く顔を一目見ようとやってきた。神社は賑わい、神も狛犬も湖さえも喜んだ。
しかし皆気になっていた。この子は果たしてどうするのだろう?狛犬の子として生まれて来た者は、自らの道を選ぶことができる。このまま親子仲睦まじく神社に鎮座するのか、はたまた宇宙のはじまりと終わりを探す旅に出るのか。生まれて99日目に、狛犬の子は自ら選びとることになる。
周りの心配を他所に狛犬の子はすくすく育ち、ごろごろと境内を駆け回って遊んでいた。ごろごろと寝転んでいるのでは決してない。丸々とした狛犬の子は、石造りなものだからそれはそれはごろりごろごろ走り回る。この世の愛らしさを集めて光り輝いているような、なんとかわいらしい狛犬の子。
そして、あっという間にやってきた、生まれてから99日め。
その日は朝から晴天だったが、夕刻より急に暗雲立ち込めた。たちまち大雨となり雷が鳴り始め、狛犬の子は怖がって社殿の影に隠れた。両親は雨に晒されたまま、その様子を心配そうにただ見守ることしかできなかった。運命は一日たりとも待ってはくれない。
雨はさらに強まり、もはや嵐のようだった。やがて、狛犬の子は導かれるように境内の中央へと踊り出ていく。いつものようにごろりごろりと遊ぶように駆け回り、ぴかぴかと輝きながら笑っている。そしてひときわ大きな雷鳴轟き、真上から稲光が走る。火花が散った!
狛犬の子は立ち消えた。宙に溶けて、星となった。
社殿の神にも、様子を見守っていた者にも、遠くの国にいた者にも、等しくそれがわかった。皆さみしくて、雨上がりの夜空がきれいできれいで、涙を流した。両親は月を仰いで、あの子を呼んだ。天に向かってかなしく吠えた。
けれども、頭上の月も星々も、きのうまでと同じく未来永劫こちらを見ていた。地上と、そこに住まうわれわれを。狛犬の子は宇宙となった。
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