キャプチャーアイキャッチ

AIによる契約書レビューの現在地とこれから

クリスマスのLegalAC

こんにちは、とんふぃです。
この記事は、裏法務系Advent Calendar 25日目の記事で、STORIA法律事務所の菱田昌義先生の大変学びの多い記事「これ絶対に言わないでくださいよ!企業法務のためのデジタル・ライフハック集」からのバトンとなります。(クリスマスに何してるねんというツッコミ、ありがとうございます!察してください!!)

今回は、リーガルテックの現在地、中でも私が関わりの深いLegalForce(私の所属する法律事務所ZeLoの創業者が同時に創業した会社です)が提供するサービスについてご紹介し、今後の法務の世界観を考える記事にできればと思っております。ただし、私は法律事務所ZeLoの弁護士として、LegalForceのヘビーユーザーではあるものの、開発に関わっているわけではないため、開発側の記事というよりは、ユーザー目線での感想にとどまってしまう点はご了承ください。
(本記事は2019年12月25日時点のものであり、それ以降もLegalForceは急速に進化していると思いますので、気が向いた時点でまた更新します!)

今は大きく3つのサービスが提供されている

LegalForceは、AIによる契約書レビューサービスとよく言及されますが、実際にはそれ以外のサービスも含めて大きく以下の3つのサービスがあります。
①契約書の自動レビュー
②契約関連ナレッジの蓄積システム
③契約書雛形ライブラリ

機能①契約書の自動レビューサービスについて

契約書の自動レビューサービスについては、すでにたくさんの使用解説記事なども存在するため、この記事ではざっくりとその特徴をまとめてみます。

5秒~10秒くらいで契約書の自動レビュー(NDAなどの短い契約書でものすごく速いときでは数秒で終わることも)
・レビュー結果は、不利な条文や欠落の指摘と、修正する場合の文例の2つ
・自動レビューができる契約類型は現在20種類(NDA、業務委託契約、ソフトウェア開発委託契約、人材紹介契約、共同研究契約、利用規約等)
・条項ごとに、重要度等を自社に沿ってチューニングできる
PDFファイルもレビュー可能
英文契約にも対応(現在はNDAのみ)←もっと類型増えてほしい
・ブラウザ上ではなく、Wordファイル上での使用も可能(アドイン)←ノートPCで作業する際にはとても助かる
改正民法に対応←自社雛形をレビューにかけて改正民法への対応箇所を見たりという使い方も可能

で、実際どれくらい実務が改善されたかというと、肌感覚としては、通常の契約書レビュー業務の速度としては20~30%程度向上しています。加えて後述するとおり、見落としが極端に減ったため、精度は30~40%程度向上していると言って差し支えないと思います。ただし、この精度向上のために、むしろ時間がそれほど削減されないことがないわけでもありません。しかし、クライアントにとっては同じ時間をかけて精度が向上しているのであれば、何ら問題ないはずです。

キャプチャ-アラートと欠落

余談ですが、LegalForceのレビュー結果では、上のように「アラート」と「抜け落ち」という2つが出てきます。「アラート」とは契約書上の既存の条項に関する指摘ポイントを指し、「抜け落ち」とは契約書上に規定されていない条項の追加提案を指します。
正直、弁護士としては「アラート」についてはまだまだ負けないぞと思えるのですが、「抜け落ち」についてはもう絶対に勝てないんだと悟りました。というのも、「この契約にはこの条項が抜けている」というのを、思いつきベースを超えて人間が網羅的にすくい取ることはほぼ不可能に近いのです。人間は顕然たる不利益には敏感ですが、可視化されていない利益の発見は不得意であることが非常によくわかります。

地味に使える機能

LegalForceは、どうやらかなり様々な企業からペインのヒアリングを行って開発の優先順位が決まっているようで、実際に、「地味に助かるな」系の機能が追加されていっています。
たとえば、昔は契約書をアップロードしてから、契約類型を自分で選択していたのですが、今はアップロードすると自動的に提案されます。
自社雛形を覚えさせておけば、それとも差分表示も簡単に提示してくれます(わざわざWordで比較版取っていた頃が懐かしい…)。
また、一度レビューして、社内ライブラリに追加した契約書をLegalForceは覚えるため、新しくレビューにかける契約書が過去にレビューした契約書や雛形に類似していればその差分もハイライト表示してくれます。これが地味にありがたく、「そういえばこれそっくりのもの、前にやったなぁ」と思ってわざわざ契約書フォルダから探す手間が省けるので、前に手入れした修正と同じ内容でそっくりそのままレビューできるというメリットがあります。

今の自動レビューサービスがまだできないこと

逆に、今のLegalForceができないこと(ユーザーとしては希望したいが、まだ実装されていないもの)を挙げてみます。

最終的に指摘を反映して修正すること
・条ズレや表記ゆれのプルーフ(接続詞「または」などの表記ゆれのみ対応)
残存条項の指摘(どの項目は残すべきかという指摘)
・全体を通じて相互に矛盾している規定の指摘や、明らかにビジネスにとって不要な条項の指摘
・典型契約以外の特殊な契約(投資契約や事業譲渡契約等)のレビュー
・過去の事案から学習した、より良いクリエイティブな条項(よりビジネスに資する条項)の提案

できないことから見えてくる人間の役割

「AIによる契約書レビュー」というと、なんだか万能なAIがどんどんと過去の契約書を学習用データとして学び、人間の理解を超えた学習済みモデルを作って、なんでもこなしてくれると聞こえてしまうかもしれません。
しかし、日本語の自然言語処理技術はまだまだ発展途上の段階にあり、技術が追いついていないことも少なくありません。

私は、「AIによる契約書レビューってすごいから使うしかない!」とは全く思いません。むしろ「AIなんぼのもんや」とすら思っています。しかし、怠惰な私は、人間が人間にしかできない仕事に集中すべきという強い考えを持つと同時に、機械に適応した人間の方が生存確率が高いと考えています。

そんなわけで、上記のようにAIができないことを列挙すると、人間の役割が見えてきます。

(1)指摘の取捨選択の判断と最終的な責任の負担

AIによる契約書レビューといっても、AIに全て任せて完了という世界にはなっておらず、むしろ人間が見落としがちなところも含めてAIが網羅的に指摘してくるので、その取捨選択を人間が行うという分業体制になっています。レビュー担当者の役割は、この指摘を踏まえて、実際に契約書を修正するかどうか判断する(そして責任を負う)点にあります。
当然ながらLegalForceも全知全能ではなく、まだまだ改善の余地があるため、100%完璧というわけではありません。開発側の改善によって日々精度は上昇していますが、依然として人間の判断に依存している箇所もありますし、指摘できていないものもあります。
私自身の活用法でいえば、まず自分で契約書全体を眺めて指摘ポイントをチェックし、そこからLegalForceの自動レビューにかけて、最終的に修正すべきポイントを修正していくという流れでレビュー業務を行っています。

(2)典型契約以外のレビューはまだまだ人間にしかできない

ビジネスとして成立するのは、開発コストを負担してもペイするくらい典型契約のような大きな需要がある場合です。投資契約だったり事業譲渡契約のように、複雑かつアレンジが多く、1年に何万通も作られないような契約については、アルゴリズムを開発するコストが大きすぎてまだまだ人間の業務に委ねられています。

(3)クリエイティブな条項の提案

ビジネスの現場では常に、より現実のビジネスに即した内容の契約書をクリエイティブにアレンジすることが求められます。過去のデータや統計からアルゴリズムが構築されるAIにとって、これは最も苦手なものであり、ここに人間の大きな役割が残存します。
このことを理解している法律家が活用する契約書レビューの世界は、典型的な修正ポイントは機械に任せ、よりビジネスの現場を反映させるクリエイティブな部分に法律家は集中するという美しいものになるでしょう。
逆に、単に契約書レビューは単純作業だと思っている方に自動レビューサービスが使われてしまうと、過去データから構築されたアルゴリズムに従うだけで、契約書レビューに「進化」も「深化」も発生しない、ディスラプティブな世界が生まれるはずです。

機能②契約関連ナレッジの蓄積システム「条文検索」(個人的には契約書レビューと双璧をなすほど便利に感じています)

契約書の自動レビュー以外に、LegalForceでは、アップロードしてナレッジを蓄積した契約書について、条文単位でその内容が蓄積され、条文検索が可能になります。
たとえば、契約書レビューをしている際に、知的財産権に関する条文の修正文案をいくつか確認したいという場合、これまでであれば似たような契約書をフォルダから見つけ出して複数ファイルを開き、それぞれの条項を確認するというフローを取っていました。しかし、LegalForceでは「条文検索」で「知的財産権」と検索すれば、過去にアップロードした全ての契約書から「知的財産権」に関する条項を網羅的に抽出してくれるのです。

キャプチャ 条文検索

これによって、類似する複数の条項を一瞬で確認することができ、過去のナレッジを活かすことができます。
さらに個人的に英文契約書をレビューすることが多い私にとっては、これが英文にも対応しているということに感動を覚えました。日本語の文案は正直なんとかなることもあるのですが、英文についてはNativeじゃない分、美しい契約書の文言を過去の契約書から持ってくる必要があります。英文契約書のレビュー効率は50%以上向上しているといっても過言ではありません。

ちなみに、昨日の裏LegalACで菱田先生が「Slackによる契約書の条項管理」とLAWGUEというサービスのご紹介をされていて、嬉しくなりました。

機能③契約書雛形ライブラリ

キャプチャ 契約書ライブラリ

最後の機能「LegalForceライブラリ」として、ZeLoの弁護士たちが起案した150種類の契約書も格納されています。なんと、民法改正に対応せねばということで、ものすごい時間をかけて民法改正対応も行いました(大事なことなのでもう一度言います。ものすごい時間をかけて雛形修正しました)
ですので来年4月以降も安心して使用していただけるようになっています。
ZeLoがLegalForceライブラリで雛形を公表しているのは、弁護士事務所の戦略としてはどうなのかというご意見もあります。
しかし、AIが発展してきた今、もう持っている雛形の優位性で戦う土俵ではないのだと確信したため、むしろ契約書に関するナレッジは共有し、特定の雛形が様々な事業者によってデフォルト/スタンダードとなれば、あとはそこからの微修正だけで終わる世界を作ったほうが良いだろうという思いで公表しています。もちろん、インターネット上に転がっている契約書に比べて、弁護士が何度も過不足を確認し、文言チェックも行っている契約書ですので、安心して利用していただきたいと胸を張って言える内容になっています。

AIによって仕事は奪われない。しかし

これまでLegalForceの活用方法を中心に、AIによる契約書レビューの現在地をご紹介してきましたが、最後にこれからの法務の世界観をお話ししてみたいと思います。

AIが仕事を奪うという言葉が巷間話題になっています。しかし、法務に関して言えば、どちらかというと、「まだまだ法務が担うべき業務は世の中に存在しており、キャパオーバーになってしまっているため、むしろ人間は人間のすべき業務に集中し、機械に任せられる部分は任せてしまおう」という世界が間もなくやってくると感じます。
AIは統計、確率、ルールには強いですが、それ以上のことはできません。契約書レビューというのは、ルールと確率でなんとかなる世界が存在するため、そこは機械に任せて、人間は人間のすべき業務に集中したほうが幸せな世界が成立するように思います。

ですから、「AIは仕事を奪わない。しかし、AIに適応し活用した人間が、適応しない人間の仕事を奪う」というのが真実です。これは「AI」に限らず、新技術が出現したいつの時代も同じことです。

これからの法務の世界を美しくしていけるかどうかは、法律家が法律家にしかできないクリエイティブな領域に集中し、それがアルゴリズムにフィードバックされ、さらに洗練されたアルゴリズムを生み出すことで、さらに人間がクリエイティブな領域に手を広げることができるというループを生み出せるかにかかっています。

私自身、ライフミッションとして「良質な情報空間を醸成し、幸せな民主主義を作りたい」と考えて、日中はスマートニュースという会社に在籍して、エンジニアらとAIと人間の差分などを議論したりしていく中で、この「役割分担」「AIへの適切な夢の持ち方」をアップデートしています。
技術は日進月歩で進化しており、AIができることはどんどんと広がっていっています。その中で、「AIは何ができて、何ができないのか」の線引を常に確認し、人間の果たすべき役割、それによってAIがさらにどのような進化を遂げ得るのかまでを考え続けることが、美しい世界を作ろうとする人間(法律家に限らず)に必要な姿勢であると考えます。

以上、裏法務系Advent Calendar 25日目の記事でした。
なんと昨日知ったのですが、私のがトリだったのですね…(完全に31日まであると思っていました)。トリを務められたのか甚だ疑問ですが、ぜひ皆様良いお年をお迎えください。

あ、その前に、Happy and Merry Christmas!!


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結城東輝(とんふぃ)
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