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帰る場所

10代の頃、いわゆる夜の街をフラフラと歩いていた頃があった。
パーカーに膝上までのショートパンツ、素足に短い靴下とスニーカー。背負ったリュックには図書館で借りた本と捨てきれなかった夢の残骸みたいな参考書が入っていた。よく声をかけられたのは、今思えば家出少女に見えたからなのかもしれない。
可愛くもない地味な子供にそぐわない街。そこに行くだけで少し心が満たされて、家に帰る時間も遅らせることができたから、私はフラフラ歩くだけで満足だった。
かけられた声にはついに応えることはなかった。捨てきれなかった夢がそこにストップをかけていたんだと思う。

あれから十数年が経ち、今の私には「ご主人様」がいる。
いつも主様と呼んでいるので、主様と表記する。

主様の存在を人に説明するのは難しい。端的に言えばSMのプレイパートナーだがその限りではなく、恋人や配偶者と重なる人もいればそうではない人もいる。
語感の通り、従者の上に立つ者という定義が一番近いのかなと思う。

ある時、主様がビル横にたむろする10代少女の話をしてくれた。その姿はかつての自分と重なった。短時間で使われる。その行為を昔の自分は望んでいたのかもしれない。あの頃私がほしかったのはお金ではなかった。では何がほしかったのだろう?

主様はその話の後、そういう昔の私にまで手を伸ばして掬い上げてくれた。私は困惑しほっとして泣いた。無防備になりすぎてしまって戸惑った。あの頃求めていて、ついに踏み出さなかったものが手に入ったのがわかった。
ずっとそのまま時間が止まってほしかった。あの頃の私が泣き止むまで、ずっと主様のそばにいたかった。