人の顔ときのこの名前
そろそろ季節が終わろうとしてるけど、冬はよく鍋を食べる。鶏肉ときのことマロニーを白だしで煮ただけのものでも「鍋」という立派な名前がつくから安心する。名前のない料理を作るのも好きだけど、同居人から「ごはんなに?」って聞かれたときに「きゃべつとひき肉と卵のいためもの」みたいに材料と調理法を答えるのは面倒なので、できれば名前のあるものを作りたい。あるいは自分で名前をつけてしまうか?同居人に通じればいいので、5回くらい作って覚えさせればいいでしょう。
しかし万が一同居人が5回で私の名付けた料理の名を覚えたとしても、その間私はずっときのこの名前を間違え続ける。きのこの名前と見た目が全く結びついていない。高校のときの英語の時間みたいに抜き打ちでテストをされたら確実に落ちる。そして再試験のために必死で覚え直して紙には書けるようになるけど、念押しの口頭で引っかかるのだ。先生は呆れた顔でこちらを見ている。いや、口頭で聞くなんて言ってなかったし、そもそも抜き打ちテストなんかする方がいけない。そんな気持ちが幼さゆえに少し瞳に滲んでいて先生にはとっくにバレているが、合格は合格だと見逃してくれる。職員室を出るときにもう一度「白くて細長いきのこは?」と聞かれるが、「えりんぎ」と即答して早足でその場を去る。職員室では焼き芋を食べながら先生たちが和気藹々と「きのこなんて簡単なのになあ」と盛り上がっている…
そんな学校ないですけどね。なんだきのこの名前の抜き打ちテストって。そして落ちるなそんな試験に。細くて白いきのこはえのき。受験生なら覚えましょう。だからそんなペーパーテストなどない。
1年半ほど同居人と生活している。同居人は料理が趣味というわけではないが、ほとんどの家事を協働できる人間なので台所にもよく一緒に立つ。同居人は私が料理する横で茶々を入れてくるが、きのこが食卓にのぼると必ず問題を出してくる。「このきのこの名前は?」「じゃあ細長いやつは?」うるさい。名前など分からなくても料理はできるんだから毎回問題を出してくるな。間髪入れずに間違う私の姿が面白いようで、飽きずに問題を出してくる。わかんないでしょ、という顔がなおさら腹立たしい。そして実際に何度も間違えるものだから面白くない。頭の中ではきのこたちがマイムマイムを踊っている。茶色くて短くていっぱい生えてるやつ、白くて細長いやつ、ひらひらしたやつ、太めのやつ。えりんぎ、まいたけ、ぶなしめじ、あとひとつ名前が足りない、どこに行ったんだろう。
ただ、ひとつだけ強い味方がいる。しいたけだ。しいたけだけが私の友達。ベスト・フレンド。しいたけだけが小テストに不合格になった私の肩をそっと優しく抱いてくれる。優しいやつだから追試の勉強にも付き合ってくれる。彼女は満点で合格しているのに何度も何度も問題を出してくれて、覚えられるまで放課後の教室に残ってくれる。失恋したときだってそばにいてくれた。下手な慰めよりも、彼女が無言でくれたチョコチップメロンパンが美味しかった。
だから何の話をしているんだ。
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