優雅にレモンを絞る

わたしの祖母は紅茶が好きだ。
暑い夏にも、よく熱い紅茶を淹れてくれた。
今年の残暑はかなりひどい気がする。秋の気配なんてどこを探してもないみたい。
夏の外出から、キンと冷えた部屋に入ると、祖母の紅茶を思い出す。

子どものころ、夏休みに祖父母宅へ行くと、お決まりの遊びがあった。
それは、祖父が連れて行ってくれる町探検。
狭い小道や川沿いなんかを歩く。歩いているうちに、人の家の中庭に出てしまったり、会社のビルの屋上を覗いたりして、まあ楽しかった。


祖母はついては来ず、いつも家にいた。
ある時、いつもの町探検に行こうとしていたら、祖母が棚からレモンの絞り器を出しながら、わたしをお茶に誘った。
そのレモンの絞り器は、陶器製で、蓋のてっぺんに丸い小さなレモンが付いており、緑と黄色で装飾されたものだった。

わたしは外遊びが大好きな小学生だったけれど、ちょうど大人っぽい刺繍のハンカチやアクセサリーに興味を持ちだしたころだったと思う。

つるつるとした手触りのてっぺんのレモンに、かわいい装飾。
この絞り器を使って、お茶をするのは町探検に行くよりもずっと魅力的だった。

わたしは町探検を断って、お茶会をすることにした。その日から、町探検に行くよりも、祖母とお茶をすることが多くなった。
妹は町探検、わたしはお茶。

祖母はいつもレモンティーだった。
祖母が好きだったのか、わたしがレモン絞り器を気に入り、喜ぶからレモンティーだったのか、分からない。
すごい力でレモンを絞り器に押し当てる。それはレモンがかわいそうになるほどの力で。
だから、種も果肉もたくさん出た。
たっぷりの果汁を二人で分けるので、紅茶はいつも酸っぱい。
それでも、祖母は「あーさっぱりする、おいしい」と言って飲んでいた。

正式なレモンティーは、輪切りのレモンを浮かべるだけなんて、当時は私も知らず、「すごく酸っぱいけど、これがレモンティーね」と納得して飲んだ。

祖母は、暑いのが苦手だった。
いつもクーラーは寒くなるほどの冷気が吹き出し、キンキンに冷えたダイニングで紅茶を飲んだ。
今では、熱中対策のためにクーラーをつける事が推奨されているけれど、当時はそんなこと呼びかけられていただろうか。町探検にも行けるほどだし、どのくらいの気温だったのか。

普段あまり使わせてもらえない陶器のお茶セット。いつも飲むジュースや麦茶ではない紅茶。

子どもの頃に体験した初めての「優雅な」時間だった気がする。
あのレモン絞り器がどこにあるのか、祖母に以前聞いたことがある。
けれど、存在を忘れたのか、割れたのか、ぼんやりとした返答だった。

同じようなものがあれば、買おうと、雑貨屋さんで探すことがある。
目にとまる絞り器は、いつもステンレス製か、装飾のない白い陶器のものが多く、少し寂しい。


いいなと思ったら応援しよう!