痛風譚
ある日の暮方のことであります。一人の下人が繁華街のアーケードの下で雨止みを待っておりました。下人の御役目は、このたびの招宴において、さる方々をその席までつつがなくご案内することであります。下人のさらに下々の者どもは、ここまでの先導を拝命しておりますので、下人はただ彼らの歩みを待つばかりであります。
さて、繁華街の喧騒をさらに上回る威勢で、コートに身を包んだ方々が遠方より連なってくるのを見ました。下人は事前に道のりや所要の時間も確認しておりますから、あとは彼らの語らいを阻害せぬほどの足早で集団の行先の標となるのみです。
しかし300メートルほど歩いたくらいでしょうか、左足の指がじんじんと痛みだしたのが感じられました。実は朝の時分でぼんやりとした違和感があったのですが、なにせぼんやりとしているというぐらいのものですから、特段気にかけて大騒ぎすることでもないと見過ごしていたのでした。が、この御役目が差し迫ったのにあたって、ぼんやりとしたものが次第に輪郭を帯びてきたのであります。下人は鞄から常に持ち歩いている痛み止めを一粒ごくりと飲み込んで気を紛らわそうとしますが、さっぱり効き目があるとは思いません。それどころか蓋し痛みは増しているのです。
ついに下人は集団のペースに追いつくこと能わず、その下々に届くか届かぬかの、か細い漏れたような声色で「一旦この場は頼んだ」と伝えて暫く休息をとることにしました。雨はなお降り続いていましたが、どこかの軒下に移動することすら煩わしく、往来のただなかではありますが、その場に座り込んで革靴を脱いでしまいました。そして靴下をはがしてみると、なんと足先があたかも羊の腸詰のごとく肥大しているのであります。下人は「まさかついに」と独りごちると、これがいわゆる痛風という病であることを確信したのでした。
なぜといって、下人は医者から問診を受けた折、「一日に酒はいかほど飲むのか」という問いに対して「日に麦酒は十合はくだらず、その倍を飲むこともあります」と答えるほどであったため、気をつけるべしとの勧告を受けていたからでありました。しかしなるほど、風が吹くたびに痛いという由来のごとく、靴下の布の擦り切れでさえ、これは決して大袈裟な言い回しではなく、絶命を覚悟するほどの痛みを伴うではありませんか。だからといって、年に一度の大切な御役目を放擲して憚らない度量も合わせ持っておらず、なんとしてもたどり着かねばならぬと決心したのでありました。
文字通り這うようにして酒席へと参じると、すでに辺りは酣も酣で、そこは下々が妙に仕切っていましたから、下人は安息して末席へと着くとウェイターに麦酒を一杯注文しました。最早、ここまでの痛みが生じているわけでありますから、この際どうなっても地獄を超える地獄はあり得ないと考えたのでした。さる方々も「そんな状態でも飲むのか」と半分呆れかえりつつ、半分見せ物小屋を観覧するような心持ちで下人を労ったのでありました。
酒席には方々に食い散らかした跡と飲みかけの杯が、外には黒洞々の夜があるばかりでした。下人の行方は誰もしりません。