おもちゃ箱 第53話

聖陽はそっと窓を閉めた。

時「初めて君と話をした時、私はもしかしたらと思った。君と話していく内に、それが確信に変わった。『この子は犯罪者の素質がある。私の後継者になれる』そう思った」

奏「えっ?」

時「優れた頭脳を持ちながら、それをひけらかすこともなく、周りに溶け込もうと必死で殻に閉じ籠りやすい性格。身近な人物にさえ一定の距離を保とうとする。そう言った人間はちょっとしたきっかけで犯罪に手を染める。特に君のように辛い過去を持った人間は」

奏「……」

時「君のことはかなえ君に話を聞く前から何となく知っていたよ。君のいじめの件はニュースにも取り上げられていたからね。印象には残っていた。かなえ君から君のことを聞いたときには驚いたよ」

奏「……でも、何で後継者なんて。先生の目的はあの2人に復讐することなんですよね?」

時「言ったろう? 計画を変更したって。君を見ている内に考えるようになったんだ。『君だったらどんな風にこのおもちゃ箱を使った殺人をするんだろうか?』ってね。長年かけて考えた計画をこのまま終わらせたくは無かった。まぁ、単に情が沸いてしまったのさ。『おもちゃ箱』というおもちゃにね」

奏「……(ヤバイ。この人完全にイカれてる)」

奏は一歩後ずさりした。

 奏には、目の前の時東聖陽という人間が恐ろしい怪物に見えた。


時「しかし、君は僕が思っている以上の男だった。私の思惑とは違い、常に私を捕まえようと動き続けた。私に対する恨みを持ちながら、正義のために真実を求め続けた。だから計画をまた変更した。かなえ君を殺すことは最初から考えてなかったしね」

聖陽はそう言って肩をすくめる仕草をした。

奏「……先生と俺には決定的に違うところがあります」

時「……?」

奏「俺には仲間がいる。家族がいる。俺のことを気にかけて、心配してくれる人がいる。その人たちがいるから、俺はこうやって真実を突き止めることができた。皆がいれば、例え間違いを犯しても立ち直ることができる。そんな人たちのことを考えたら、自然と先生に対する殺意が無くなってました」

時「……」

奏「先生、貴方は人に頼ることをしなさすぎたんです。せっかく自由になったのに。自分の殻に閉じ籠って、人を操った気になってる。まるでミニチュアハウスの人形のようです」

 奏はゆっくりと近くにあったミニチュアハウスに近寄った。

奏「……やっぱりダメだ。殺すことはできないけど、先生への怒りはどうしても消えない。だから……」

奏は静かにミニチュアハウスを両手で掴んだ。

奏「これで勘弁します!!」

 奏はミニチュアハウスを持ち上げると、思いっきり床に叩きつけた。

バキッ!!

時「!!」

 ミニチュアハウスは綺麗な音を立てて粉々になった。

時「お、おい!?」

バキッ、バキッ。

 奏は粉々になったミニチュアハウスを踏みつけた。

 ミニチュアハウスは軽快な音を立てながら壊れていく。

時「おい!! 止めろ!!」

 奏は次のミニチュアハウスを手に取り、聖陽に向かって投げつけた。

ガシャァ。

投げられたミニチュアハウスは見事に壊れた。

時「止めろぉ!!」

聖陽は鬼の形相で奏に向かっていった。

 奏は聖陽を避けると、机に置かれていたミニチュアハウスを勢い良く横に払った。

ミニチュアハウスは聖陽の方に向かって飛んでいき、足元で砕けていった。

時「あぁ!!」

 聖陽の気持ちを他所に、奏は次々とミニチュアハウスを壊していく。


ガチャ。

日「奏君!!」

突如、部屋の中に人が入ってきた。

それは秀明だった。

 彼のあとに続いて数人の部下が部屋に入っていく。

奏「ハァ……ハァ……。日下さん……」

 秀明を見た奏はホッとした表情を浮かべ、人形を投げようとしていた手を降ろした。

 奏はここに来る前に、秀明に場所を伝えていたのだ。

時「刑事さん!!」

日「ウオッ!?」

聖陽は秀明にしがみついた。

時「刑事さん。あいつを、あいつを何とかしてくれ。俺の……俺の大事なハウスが……」

秀明は部屋の中を見回した。

 床には壊れたミニチュアハウスが散乱していた。

次に奏を見ると、奏は困った顔をしていた。

 手には人形が握られており、秀明は何となく状況を把握できた。

日「……おい、連れてけ」

秀明は部下に聖陽を連行するよう指示をした。

 部下たちは床でへたり込んでいる聖陽の両腕を掴み強引に立たせると、そのまま引きずるように連れていった。

日「奏君……」

奏「すいません、日下さん……」

日「全く、無茶するよ君は……。君から『先生の説得は俺にやらせてくれ』そう言われた時はどうしようかと思ったよ。まぁ、君を信じて任せてみたが、まさかこんな危ないことするとは……」

奏「ごめんなさい。どうしても怒りが収まらなかったので」

日「……(やっぱりかなえのこと、怒ってたのか)」

奏はかなえが拉致されたことを怒っていた。

そのために今回のことを秀明に申し出たのだ。

日「……」

秀明は奏を見ると、静かに部屋を出た。

奏は手に持っている人形を見た。

奏「……」

トン……。

 机に人形を置くと、奏はゆっくりとした足取りで部屋を出た。


黒「奏!!」

 奏がビルから出ると、そこには秀平、絵里加、そして美琴がいた。

奏「皆、帰ったんじゃ…」

黒「帰れるわけないだろ。親友残して」

絵「先輩、何かと無茶しますからね」

黒「警察の人がいるのが見えて、入るに入れなかったんだ。……大丈夫だったか?」

奏「うん。怪我ひとつなし」

奏はそう言って笑った。

雪「……」

美琴はゆっくりと奏の前に出た。

美琴の目には涙が溜まっていた。

奏「美琴ちゃん……」

彼女は口を動かし、何かを言おうとしている。

奏「…?」

(おかえりなさい)

奏「!!」

美琴は生まれつき声が出ない。

 しかし、奏には確かにそう言っているように聞こえた。

 美琴は顔を赤くしながら、ポケットからメモとペンを取り出すと、文字を書いた。

雪『ごめんなさい。本当は喋って伝えたいんですけど、やっぱり無理でした』

美琴はメモで赤い顔を隠した。

奏「……ううん。ちゃんと伝わったよ。美琴ちゃんの言葉」

奏は美琴に一歩近づいた。

奏「……ただいま」

奏は笑顔でそう言った。

美琴は涙を流しながら大きく頷いた。

 その2人の姿を、秀平と絵里加は微笑ましく見つめていた。


 こうして『おもちゃ箱事件』は静かに幕を閉じた。

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