おもちゃ箱 第48話

私はそれから児童養護施設で育てられた。

 施設での私はあまり周りと話をすることもせず、1人で本を読んでいることが多かった。

 別に人見知りしていたとか、周りを下に見ていたわけではない。

 単純に何を話したら良いのか分からなかったのだ。

何が人気で、どんなことで盛り上がるのか。

 色々なことを制限されていた私には何もかもが分からなかった。

 私が周りから孤立するのに1ヶ月もかからなかった。


 それから1年も経たないうちに、私はある夫婦の里子となった。

 その夫婦は子供がおらず、いつか子供がほしいとずっと願っていたのだそうだ。

2人は私に好きなことをさせてくれた。

買い物も食事も、学校にも通わせてくれた。

 学校生活は楽しくはなかったが、新しいことを知る良い経験にはなった。


 ある日、私は夫婦と買い物に行った帰り道、古いおもちゃ屋を見つけた。

「懐かしい」という夫婦に連れられ、私はお店の中に入った。

 そこにはたくさんのおもちゃが所狭しと並べられていた。

私はあるものが目に留まった。

時「……ミニチュアハウス」

 それは、女の子が買うような小さなミニチュアハウスだった。

 小さな部屋の中に、独特な空間が作られていた。

私は、何故か心を惹かれた。

 世間から隔離されたような、まるで別世界にいるかのような雰囲気の漂った空間。

 家族というものに縛られていたあの頃の自分と重なって見えた。

 気づけば私は、夫婦に買いたいとねだっていた。

 最初は不思議がっていた夫婦だったが、普段ねだることがない私が頼み込んで来たことが嬉しかったようで、すんなりと了承してくれた。

この頃からだ。

 私がミニチュアハウスを買い求めるようになったのは。

 初めて買ったミニチュアハウスは今でも大事にしている。


私が成人になる頃、夫婦は亡くなった。

2人とも癌だった。

 私は、最後まで2人を「父」「母」と呼ぶことはなかった。

呼びたくなかったわけではない。

ただ、意識していなかっただけだ。

呼ばなければならないという意識がなかった。

 恐らく、あの2人に興味が湧かなかったのだろう。

私は私だけの世界にすっかり浸っていた。


 私はバイトをしながら大学に通い、心理学の勉強をした。

 心理学者を目指したのは、ふとある疑問が浮かんだからだ。

『私は何故泣かないのだろう』

ずっと疑問だった。

幼稚園の頃は父に怒られてよく泣いていた。

 だが、小学生になってから、父と母が殺されたあの日から泣かなくなった。

そんな自分の心を知りたいと思ったのだ。


 それから数年経った頃、私は運命的な出会いをした。

 その頃の私は大学で教授の助手として働いていた。

 毎日忙しく働いており、夜はスーパーで惣菜を買って済ませることが多かった。

私はいつも通り惣菜を買いレジに並んだ。

 しかし、レジカウンターには見慣れない女性が立っていた。

時「(新しく入った人かな)」

下を向いていた彼女が不意に顔を上げた。

ドクンッ。

時「!!」

私は自分の心臓が波打つのを感じた。

 あまり化粧のされていない肌、綺麗に整った眉、薄い唇。

まるで人形を見ているかのようだった。

 私は平静を装い、会計をしている彼女にお金を渡し、お釣りを受け取ってその場を後にした。

 店を出る際、再び彼女を見ると、彼女は淡々とレジを打っていた。

 その横顔はとても寂しげで、それでいて美しかった。

私は彼女の顔が頭から離れなかった。


 あの日から、私は買い物に行く度に彼女のいるレジを使うようになった。

 そして、その度に彼女によく声をかけるようになった。

 偶然を装って仕事終わりの彼女に会いに行ったりもした。

 ストーカーのようで少し気が引けたが、どうしても彼女と話がしたかった。

 最初彼女は怪訝そうな顔をしていたが、会うに連れて少しずつ話をしてくれるようになった。

 半年ほど経つと、彼女はよく笑顔を見せてくれるようになった。

 連絡先を交換し、食事も一緒に行くようになった。

私は、思いきって彼女に告白した。

「結婚を前提に付き合ってくれ」と。

彼女は二つ返事で了承してくれた。

しかし、彼女の表情はどこか寂しげだった。


それから3ヶ月後、私たちは結婚した。

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