おもちゃ箱 第49話
私たちの結婚生活は充実していた。
毎日一緒にご飯を食べて、一緒の布団に寝て、一緒に買い物に行って。
こんな生活が味わえるとは思ってもいなかった。
結婚生活は充実していた。
少なくとも私はそう思っていた。
だが、そんな生活は長くは続かなかった。
私は助手から教授に昇格し、生徒たちに授業をする立場になった。
前よりも忙しくなり、帰りが遅くなることも多くなった。
前のように彼女と一緒にいられる時間が減っていった。
それでも、私は彼女との時間を作るために、多くの努力をしてきた。
毎日のように電話やメールをし、些細なことでもその日起こったことを伝えてきた。
彼女はそれを黙って聞いてくれた。
私はそれでも満足だった。
時「……離婚したい?」
嶋「はい」
ある日、彼女からそう言われた。
時「え? 何で……」
嶋「……」
時「あ、あれか? 最近仕事が忙しくて一緒にいられなかったからか? でも、毎日メールも電話もしてたし、それに、ほら!! 私の話をずっと聞いてくれてたじゃないか」
嶋「……」
時「……そ、そうだ!! 今度休みをとって、2人で旅行に行こう!! なぁに、私が頼めば休みなんて簡単に貰えるさ。何なら、今の仕事辞めたって良いんだ!! なぁ、そうしよう!!」
私は彼女の両肩に手を置いた。
嶋「……」
彼女は、私の手を強く払った。
時「!!」
嶋「やっぱり気付いてないのね」
時「え……」
嶋「貴方自分の話はするけど、私の話は一切聞いてくれなかった。私が何を聞いても、何をしても、素っ気ない返事ばかり」
時「そんなことは……」
嶋「貴方が愛しているのは私じゃない。貴方自身よ」
時「……」
嶋「……さようなら」
彼女はそう言って部屋を出ていった。
私はその場に立ち尽くしていた。
翌日、彼女は荷物をそのままに家を出ていった。
机の上には、離婚届と手紙が置いてあった。
手紙には、荷物は後日業者が取りに来ること、離婚に応じない場合は法的な処置を取ることが書かれていた。
私に対する感謝の言葉は一切書かれていなかった。
私は直ぐ様彼女に電話をした。
『お掛けになった電話番号は……』
何度かけても、同じ言葉が繰り返されるだけだった。
メールを送っても、アドレスが変わっているのか送り返された。
何故だ。
私は今まで彼女のために尽くしてきたつもりだ。
初めて彼女にあった時から、今までずっと彼女を愛し続けてきた。
なのに何故彼女は私を見放すんだ。
私は携帯を床に叩きつけた。
時「ハァ……ハァ……」
私は強く拳を握っていた。
次の日から、私は彼女を探すことにした。
彼女がどこに住んでいるのか、どんな生活を送っているのか知るためだ。
それは大変な作業だった。
近所に聞いても、彼女が勤めていた場所に行っても、誰も彼女の場所を知らなかった。
私は出張という名目で多くの県を行き来し、彼女を探した。
仕事の合間に多くの人に聞き回り、写真を見せ続けた。
そんな日々が2年続いた。
私は遂に彼女を見つけた。
彼女は顔を変えていた。
最初は信じられなかった。
まさか整形してるなんて。
さらに彼女は結婚していた。
私とほぼ年が同じ男と。
調べてみると、あの男は過去に犯罪で逮捕されたことがあった。
彼女はこの事を知っているのだろうか。
もしかしたら騙されているのではないか。
私は心配になり、彼女の住んでいる家に盗聴器を仕掛けた。
話を聞いていると、どうやら彼女は過去を知った上で結婚したようだ。
時「何故あんな男と……」
私は理解できなかった。
彼女は私には笑顔を見せてくれることは少なかった。
いや、見せてくれることはあったが、心から笑っているようには見えなかった。
しかし、あの男には笑顔を見せていた。
心からの笑顔を。
私は怒りに震えた。
あんな男が、私が見ることのなかった彼女の素顔を知っている。
彼女に愛されている。
分からない。
何故、何故……。
私はその時決意した。
この2人を徹底的に苦しめてやろうと。
私は計画を立てた。
あの2人をどうやったら苦しめることができるのか。
何度も何度も考えた。
仕事中もご飯を食べているときも、寝ているときでさえずっと考えた。
ある日、私は買い物に出た。
新しいミニチュアハウスを買うためだ。
どれが言いかと見ていると、私の耳にある曲が流れてきた。
『おもちゃのチャチャチャ、おもちゃのチャチャチャ、チャチャチャおもちゃのチャチャチャ……』
時「おもちゃのチャチャチャ……」
その時、私はあることを思い出した。
篠塚のことを調べているときに見つけた記事。
あいつが起こしたあの事件。
確か、どっかのサイトにあいつが作った爆弾について詳しい作り方が書かれていたはずだ。
あれを使えば……。
私の中で計画が出来始めていた。
私はミニチュアハウスを買うと急ぎ足で店を出た。