うんちの回数を教える(2日目)
六時半に朝の検温に来た看護婦に、肩を揺すられて目が覚めた。朝の検温時は、昨日の尿と便の回数を申告しなければならないらしい。「知らなかったので数えていない」と伝えると、「今日から紙に正の字でも書いておいて」と冷たく返される。
仕切りのカーテンを開けると、病室には朝の光が差し込み、白い室内が輝いて見えた。向かいからちょうどタカヤマさんも出てきて、挨拶を交わす。まだカーテンの閉じているニヘイさんのベッドから「もう三日も出てません、うんち」と声がする。
洗面所の鏡の前に、タカヤマさんと並んで歯を磨く。
「俺はね、小さいけど一応、会社やってんだ。土木関係」
喋る口から小さな泡がしきりに鏡に飛び散った。たまに聞き取れないが適当にうなずく。入院歴一ヶ月のタカヤマさんより三歳年上のアサダさんは、タクシー運転手で入院歴一ヶ月半。学生時代ラグビーをやっていたモリオは入院歴二ヶ月。最長老はニヘイさんで、入院歴一ヶ月。全員血痰などの諸症状は収まり、検査で培養中の菌が完全になくなるのを待っているらしい。
「久々の新人だ」とタカヤマさんは笑った。寡黙そうに見えるがよく喋る。色黒で体つきもがっしりしており、顔に刻まれた皺には説得力があった。洗面台の鏡に「痰の吐き捨てはしないでください。必ずティッシュに取りましょう」という注意書きがあったが、タカヤマさんは歯を磨き終わると豪快にペッとやった。
病室に戻る途中、テレビを見るためのカードを買う。一日単位で度数が減るのは、タカヤマさん曰く他の病院に比べると良心的らしい。朝食が来るまでテレビをつけ、音を出さずに画面を眺める。時折出てくる字幕で内容は理解できるが、そこに映るのは自分にはまったく関係のない、どこか遠くの国の出来事のように思えた。
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