夜中に病院を抜け出そうと誘われる(20日目)
深夜に病院を抜け出してどこかへドライブに行こうと言い出したのは浅田さんだった。いかにも堅物そうな浅田さんに似合わぬ発言に驚いた。
「ドライブってどこに」
「海とかはどう。ひと夏の思い出に。俺の田舎、港町だったんだけどさ、しばらく病室にいたら無性に恋しくなって」
「ひとりで行けよ」という言葉をぎりぎりで飲み込む。そんなに見たいなら外出許可でも取って、地元の海を眺めに行けばいいではないか。
「大沢君、ここの駐車場に車を置きっぱなしにしてなかったっけ」
「ありますけど、海って一時間はかかりますよ、ここから」
「いいじゃない。夜は長いんだし」いつの間にか二瓶さんも加わっている。
「見廻りが来たらばれますよ」モリオが思わず口を挟む。
「大丈夫、看護婦によって、カーテンを開けて確認する人とそうでない人がいるから。岡村さんとか寺池さんとかが夜勤の日に行けば問題ないよ。あの人たち上からパーッと覗いただけで終わりにしちゃうから、布団の中にバッグとかを入れておけば気づかれないよ」
「そうですか。気をつけて行ってらっしゃい」
「大沢君が車を出さないと話にならないだろ。婦長にさえばれなければ大丈夫だから」
「婦長って誰ですか」
「篠原さんだよ。じゃあドライブの件はオーケーね」いつの間にか高山さんまで加わっている。全員で行く気なのか。
「僕は結構です」
「何でよ。こんなに皆乗り気なのに」
「面倒くさい」
「ふーん、そう。ならしょうがない」
まったく納得していない様子だったが、浅田さんはすんなり引き下がった。
「そうだ。話は変わるけど、確かモリオ君と大沢君、この間看護婦に内緒でそこのスーパーに行ってたよねえ。散歩に出かけるとか言って、二人ともいい匂いさせて帰って来たけど」
「そんなことがあったんですか」二瓶さんが大げさに驚く。
「病院食の他に、ハンバーガーやらたこ焼きやら、体に悪いもの食べてないだろうね」
「それはまずい。先生にバレたら退院も延びるな」高山さんも相槌を打つ。
「まだあるぞ。一時間以上の外出は届けが必要なのに、看護婦に黙って、ふたつ隣の駅前にある百円ショップまで車で行ってる奴がいるって噂を聞いたことがあるなあ」
以前、洗濯物を干すハンガーが、病院のものだけでは足りなかったので、仕方なく買いに行った。知っているのはモリオしかいない。振り返るとモリオはすでにいなかった。
「脅迫ですか」
「脅迫じゃないよ。買い物に行く延長だと思ってさ、車出してよ。私、高齢者教習行ってないからさ、運転できないんだよ」
「そうだ、出せ出せ」
「海なんて孫と行った以来だしさ。ひと夏の思い出に、いいじゃないか」
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