裸族の村で虫を食う
八月二十四日(水)田渕
私は玉座にあぐらをかいて座っていた。
左右には男女の付き人が数名立っていたが、その中には通訳の男の姿もあった。通訳は口元にいやらしい笑みを浮かべながら目配せをよこしてきたが、私は無視した。それでもまだ視線を感じたので、威厳を込めて咳払いをひとつすると、その場にいた誰もが姿勢を正し、部屋は静寂に包まれた。
ついに私は彼らの言う「運命」を受け入れてしまった。まさかこの年になって人生が劇的に変わるとは思ってもみなかった。
洗礼を受けた私は、今や部族の中で最も尊い存在になった。興奮していたため手術中のことはよく憶えていないが、私がこのような待遇を受けているということは、すべてが彼らの思う通りに運んだのだろう。結核で入院していたはずの私は、見知らぬ土地で王となった。
やがて部屋の入り口から、大きなお盆を抱えた女たち数名が入ってきた。お盆の上にはヤシの葉のようなものがかけられており、何を載せているのかは見えなかったが、どうやらそれは私への捧げもののようだった。
予想通り、女たちはひざまずいてお盆を私の前に置くと、地面に額がつく程深く礼をして去っていった。どうすればいいのか分からなかったが、とりあえず私はうなずき、村人たちの次の行動を待つことにした。こういう時は下手に反応するよりも、それらしい顔をして黙っていた方がいいと、これまでの経験から察知していた。
やがて、彼女たちから役割を引継いだらしい男ふたりが、そのお盆を私の顔の位置まで持って来た。お盆の上にはナイフとフォークのようなものが添えられていたので、おそらくこれを食べろということだと理解した。
しかし、こういうところで出される料理を食べるのには勇気がいる。かといって、食べないと何をされるか分からない。とてつもない不安に包まれてきた私の前で、二人の男はお盆の上のヤシの葉を取って見せた。
お盆に載っていたのは、人間の頭ひとつ分はあるであろう、何かの幼虫だった。姿かたちはカブトムシのものと似ているが、これほど大きいのは見たことがない。その堂々たる姿とあまりの気色悪さに、思わず後ろに飛びのいた。
「ちょ、ちょっと待った。これは無理だ。こんなものは食べられない」
お盆の上に載せられた幼虫は私の方を向いており、生気のない目でこちらをじっと見つめていた。口の周りにある触角から、粘り気のある糸が出ている。
「ちょっと君、ここに来てくれ」
私は通訳の男を呼んだ。彼は音もなく、私の元へ近づいてきた。
「いくらなんでもこれは無理だ。私は宗教上の理由で虫は食べられないことになっているからと言って、下げさせてくれ」
「何を仰います。これは就任のお祝いに、村人たちが捕ってきたものですよ。遠慮なさらず食べてください」
「遠慮しているんじゃない。こんなものいらないと言ってるんだ。あいにく私は虫がだめでね。就任早々、私がお腹を壊したりすれば、村に不幸が訪れるぞ」
「就任のお祝いを食べないことの方が不吉の元になります。大丈夫、おいしいですから。単なる食わず嫌いでしょう」
「食わず嫌いじゃない! いいからこれを早く下げさせろ」
「何を言っているんだ。あなたがこれを食べなければ始まりません。仕方がない。無理でも食べて頂きます。おい」
そう言って通訳の男が手を叩くと、部屋の入り口の側に立っていた屈強な男たちが私を羽交い絞めにした。そして、通訳の男はお盆の上にあったナイフとフォークを手に取ると、おもむろに幼虫のお腹の辺りを一口大に切り始めた。
「やめろ、離せ。そんなもの食べたら私は死んでしまう! 君たちが食べなさい。全部食べていいから」
「そんなこと言わずに。はい、あーんして」
イモ虫の破片が口に入る寸前で目が覚めた。私は体中に嫌な汗をびっしょりかいており、口の中には何か異物が入ったような感触が残っていた。私は洗面所へ走り、何度も口の中をゆすいだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?