散歩を徘徊と間違われる

 七月十七日(日)福留 

 私は公園のベンチにひとり座って、梅雨明け前の日差しを全身に浴びていた。外の空気を吸わないで病室にいるばかりでは気も滅入ってしまう。ブランコや砂場で遊ぶ小さな子どもたちを見ていると、小学生になったばかりの孫を思い出し、つい口元が緩んだ。

 子どもたちの中に、女子高生位の女の子が、妹と思われる小さな女の子とブランコで遊んでいた。親が共働きなのか、今時の女子高生も小さな妹と遊んであげるのかと感心し、その様子を見ていた。

 女の子がこちらを向いたので笑いかけてやると、女の子は戸惑う顔で姉を見上げた。私の存在に気づいた姉は、怪訝そうな顔をして妹の手を取り、その場を離れようとした。

 これには腹が立った。いくら今の世の中におかしな輩が多いからと言って、年寄りをそういう目で見るのは感心できない。第一、私のどこが不審者に見えるのだ。誤解を解くためにも、私はにこやかに二人に向かい話しかけた。

 「お嬢ちゃん、いいねえ。優しいお姉ちゃんに遊んでもらって」

 「………」

 私の呼びかけに、女の子は不思議そうな顔で首をかしげていた。見たところ言葉が分からない年ではなさそうだが、恥ずかしいのか。私の孫は男の子で活発なため人見知りをしないが、女の子だと勝手が違うのかもしれない。

 「妹じゃなくて、娘です」

 黙ってこちらをうかがっていた姉の方が、私に向かいそう言った。すると小さな女の子の方も、「ママ」と言ってその小さな手を伸ばした。

 妹ではなく娘? しかしこの二人はどう見ても二十歳も離れていない。

 「ちょっと待った。君はいくつでその子を産んだんだ」

 「あなたに関係ないでしょう」

 「父親はちゃんといるんだろうな」

 「います。ていうか余計なお世話よそんなこと。あなたの方こそ家族が心配してるんじゃないですか」

 母親の口調には、私を責めるような響きが感じられた。

 「なぜ私の家族が心配するんだ」

 「そんな恰好でうろうろして。どこから抜け出してきたんです」

 失敬な。この母親は私のことをどこかの老人ホームから抜け出てきた認知症の老人とでも思っているのか。パジャマで出てきたのは迂闊だったが、すべての年寄りをそういう目で見るとは無礼千万。興奮して思わず語気が荒くなる。

 「人のことを徘徊老人みたいに言うんじゃないよ。私はね、結核でそこの病院に入院している福留という者だ。入院していると言っても、肺以外にはどこも悪いところはない。頭もボケとらんし、この通り足もぴんぴんしとる

 私は毅然とした口調で母親に言った。娘の前で年長者をないがしろにするような姿を見せていいと思っているのか。

 「結核? 結核って、あの血を吐いたりする結核のこと?」

 「ああ、そうだ。まあ血を吐く人もいるようだが、私はそれほど……」

 「ちょっと、冗談じゃないわよ、子どもにうつったらどうするのよ」

 彼女は抱きかかえた娘の顔をかばう姿勢を取った。しまった。つい興奮して「結核で入院している」などと本当のことを言ってしまった。

 「あ、いや、でも薬を飲んでるから、菌はほとんど……」

 「この子は風邪とか引きやすいんです! ただでさえ小さい子は免疫力が弱いのに。もしそんな病気にかかったら、あなた責任取れるんですか」

 「いや、すまん。そういうつもりはなかったんだが」

 「入院患者が公園なんかに出てきて、信じられない」

 そう言うと母親は娘を抱えて公園から走り去った。母親の叫び声を聞いて、他の人まで「何ごとか」という顔でこちらを見ている。私は何もなかったかのようにゆっくりとベンチから立ち上がると、公園をあとにした。

 結核の患者が一歩でも病院の外に出るためには、医師の許可がいる。しかし最近はあまりにも調子が良いため、自分が病人であることすら忘れていた。

 身から出た錆びとはいえ、しばらくこの公園に来るのはよそうと思った。

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