薬を大量に出される

 「先生からお話があります」と院内放送で呼び出され、三階のナースステーションに向かう。

 担当医の本多は、外来の狐顔の医者とは反対に、小太りで狸のような顔をしていた。頭頂部近くまで広がった額は脂っぽく、何日も風呂に入ってないようだ。

 「説明があったと思いますが、服薬は昼ご飯食べたあと十三時からです。今日は終わりましたから、治療は明日からということになります。薬の説明はあとで看護婦が行きますから。じゃあもう戻っていいですよ。お大事にね」

 最後の「お大事にね」という口調は冷たかった。部屋に戻り、テレビ台と兼用になっている引き出しに、持参した洗面用具などを詰めていく。これからここで何ヶ月も生活するという実感が沸かない。

 部屋着に着替えようか迷っていると、看護婦が服薬する薬についてのプリントを持って来た。また新手の看護婦で、今度はずいぶん化粧が濃い上、肉付きもいい。

 「大沢さん、これね、明日から飲むお薬の説明です」

 手渡されたプリントに目を落とすと、見慣れない薬の名前の下にカプセルや錠剤の写真が載っており、横に九つ並んだ薬の左から四つに赤い印がついていた。薬の写真の下には投薬による副作用の可能性が列挙されている。太字は高頻度のものとあるが、それだけでも肝機能障害、皮膚症状、視神経障害、腎機能障害、末梢神経症、関節痛とかなりの数だ。

 「まあこれ全部が出るっていうわけじゃないんだけど、こういうことも考えられますよっていうことね。大体のことは、違う薬で対応できますから。あとね、このリファンピシン、っていう赤いカプセルは二ヶ月位で止めるんですけど、これ飲んでるうちは尿が赤くなります。でも大丈夫。最初の治療が肝心ですから、しっかり薬は飲んで下さい。何かあったらこのボタンを押す。では失礼」
 

 この病院の人間は誰もが自分の喋ることだけ喋るとすぐに消えてしまう。手渡された紙に目を落とすと、高頻度とされていないものでも血液異常、間質性肺炎、胃腸障害、発熱など不安は多い。薬の副作用により健康に甚大な影響を受け、病院または国を相手に訴訟している人たちのニュースを思い浮かべた。

 病院の食事はまずいと聞くが、実際に食べてみるとそうでもない。夕食の三十分前に大きなヤカンを持ったおばさんが(割烹着を着ていたのできっと看護婦ではない)お茶を配りに来、六時になると人数分の食事を積んだ配膳トレイが廊下に現れる。そこで名前を呼ばれたらトレイを取りに行き、食べ終えたら自分で片す。
 

 「お食事です」という声とともに廊下に出てきたのは男性患者、特に六十歳以上の老人が多かったが、女性も数人いた。

 人生初の病院食は、白いご飯、煮魚、卯の花、たたき胡瓜、あさりの味噌汁、オレンジ。器はプラスチックでできており、給食を思い出す。量も少ないため十分で食べ終えてしまう。

 食器を片づけ、ベッドに座って看護婦から渡されたしおりの「病院での一日」というページをめくると、夕食の後は夜七時の検温で終わりのようだ。「体温計を各自持参し、夜と朝には自分で体温を測り、見廻りに来た看護婦に伝えて下さい」。持ち物欄にも体温計とあったので家にあったものを持ってきた。

 検温に来たのは薬の説明をしに来た看護婦と同じだった。「枕が変わって今日は眠れないかも知れないわね」と言われたが、検温が終わると睡魔に襲われ、すぐに眠りに落ちた。トイレにすら起きることなく、そのまま十時間眠り続けた。

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