いじめられていた女子高生を救おうとして失敗する
打ちひしがれて屋上に戻る。
一時間では洗濯物も乾くはずがない。しかし空を見ずにはいられなかった。柵に寄りかかり先程まで自分達がいた場所を眺める。女子高生たちの姿はそこにもうない。つまらない芝居をしていた自分の姿もない。
結局、誰も救えない。晴れているが富士山は見えなかった。替わりに手前の焼肉屋の看板を眺める。焼肉なんてどの位食べていないだろう。別のことを考えようとする程、思い出してしまう。医者だと嘘をついた自分が恥ずかしく悶えていると、後ろからモリオの感嘆する声がした。まだ屋上で電話していたらしい。
「何だよ」声に出して言ってみる。
ひとりごとのつもりだったのに、「どこで聞いたんですか」と声がした。見ると隣にカワハラさんが立っていた。
「何を」罵倒の言葉でもかけられるかと思っていたので、低く警戒したような声になった。
「見舞いに来たかも知れない女子高生を、学校に連絡するぞとか言って追い返さないでしょ普通」
「ああ、それね」彼女は俺が知っていることを知っているらしい。
「近くのスーパーで、あの子たちが喋ってるのを聞いちゃって。メガネの子を無理やり君の所に見舞いに行かせてるって」
「そうなんだ。やっぱり近くまで来てたんだ」
「何なの、あれ」
「元チームメイトです。同じ部活の」
「もしかして陸上とか」モリオの推理を思い出す。
「水泳です」違った。
「彼女たちは一年の時に辞めて、私は続けてるんだけど。なぜか私のことが気に食わないみたいで」
話しているのは自分のことなのに、どこか他人ごとのように聞こえた。
「でも、いじめてると思ってるのはあの子たちだけですよ。私が孤立してるって、勘違いしてるんだもん。うつったら大変だから、お見舞いお断りしてるんです。クラスメイトにも」
「何で黙ってやられてるの」
「それはもちろん」口の端だけ上げる。さっきとはまた違う笑顔。「復讐のためですよ」
「復讐」
「退院した後、やられただけのお返しはさせてもらいます。だってそうでしょ。誰かをいじめたら後でやり返されるかも知れない。駅に自転車を止めたら盗られるかも知れないし、好きな人に告白しても振られるかも知れない」
「なるほど」
「今日は私が呼び出したんです。病院まで来いって。顔も覚えたし、退院した後でやり返します」
「まだ引退じゃないんだ」
「あと一年あります」
「そうか」頑張ってね。
「はい」
柵に寄りかかっていた体を離すと、彼女はドアに向かって歩き出した。
「ありがとうございました。余計なお世話だったけど」
彼女が階段を下りていく。手を振りながら。
「水泳さ」
無意識に声が大きくなった。彼女が立ち止まる。
「続けた方がいいよ、大人になっても」
意外なことを言われて驚いたような顔をした。戸惑ってはいるが、迷惑そうにも見えなかった。
「そのつもりですよ」
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