うどんと一緒に入れ歯を飲み込む

 七月十六日(土) 榊 

 いつものように十二時に昼食が配られた病室。天ぷらうどんにつゆを注いでいると、向かいの病室から大きく咳き込む声が聞こえた。海老天でも喉に詰まらせたかと思っていると、誰かが部屋を飛び出して行った。

 あとを追って洗面所に行くと、顔を真っ赤にした小坂井さんが、すごい形相でうがいをしていた。「どうしたんですか」と聞くと、小坂井さんは慌てた様子で、「部分入れ歯、飲み込んじゃった」と答えた。
 
 いつの間にか洗面所に人が集まっていた。「寝かせておいた方がいいのではないか」と福留さんが言い、砂原君が看護師を呼びに行く。僕が小坂井さんをおぶり、ベッドまで運ぶ。看護師が来るのを待つ間、小坂井さんが食べていたソバの容器に目をやると、茶色いつゆの中に光るものを見つけた。箸でつまみあげると、三つ連なった黄色い歯だった。

 「小坂井さん、これは」

 「あれっ、こんなところにあったの」

 天ぷらを噛んだ時に接着の弱くなっていた入れ歯が外れ、そのまま飲み込んだと勘違いした小坂井さんは、吐き出したことに気づかずひとりで騒いでいたのだった。真っ赤な顔をした砂原君が婦長を引き連れ「大丈夫ですか」と走って来る頃には、小坂井さんはもうベッドでうどんの続きを食べていた。

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