悪夢の占い師

 八月十六日(火)田渕

 またまたまたまた妙な夢を見た。

 気がつくと私は怪しげな部屋の中にいた。壁は一面真っ赤に塗られ、大きな牛の頭蓋骨や、槍のようなものが掛けられている。正面にある木製の小さな机には、さまざまな色と形のろうそくが立ち、あたりは大量の煙に包まれていた。

 周囲を見渡したが、ドアらしきものが見当たらない。私はいつ、どのようにしてこの部屋に入ったのか。何ひとつ思い出せない。

 突然ろうそくから濃霧のような煙が上がり、視界が完全にふさがれた。火を消そうと息を吹きかけたが、煙の勢いは増すばかりだ。水を汲んでこなくてはと思ったが、部屋には扉がない。壁に引火してしまうと焦っていると、やがて煙の勢いは弱まり、視界も戻ってきた。

 煙が収まると、さっきまでは誰もいなかったはずの机の向こうに人影が見えた。目を凝らすとそれは老婆で、私よりもずいぶん年上のようだった。肩のあたりまで伸びた白髪をうしろで束ね、首の骨が折れてしまうのではないかと思うほど、多くの首飾りをつけている。顔は浅黒く、民族衣装のようなものを身につけていた。

 占い師か何かだろうかと思っていると、老婆はまるで「よく分かったね」と言うように笑みを浮かべ、私の顔を見据えた。その顔があまりにも気味悪く、私は席から立ち上がった。

 「おや、どこへ行くんだい。あたしに用があって、ここへ来たんじゃないのかい」

 老婆の声は低くしわがれ、その口には歯がなかった。唇を動かしてはいるが、耳にではなく、直接頭に響いているようだった。

 「隠さなくたっていいんだよ。あたしには何でも分かるんだから」

 そう言うと老婆は、いつの間にか置かれていた大きな水晶に手をかざした。そして呪文のようなものを唱えたあと、目をつぶった。

 「ははあ、分かったよ。あんた、憑き物に憑かれているね。しかも、そんじょそこらの憑き物じゃない。かなりの怨念を持ったやつだ」

 「気味の悪いこと言わないでください」

 「おや、自分では気がついてないのかい。これだけのものなら、普段の生活にも影響が出ているはずだよ。ここのところ変な夢にうなされることはないかい。いやな夢を見て、冷汗をかくことが」

 「ちょっと待った」

 「イボ痔……」

 「ちょっと待った!」

 「隠したってしょうがないだろう。あんたはよくイボ痔の夢を見るはずだ。自分か、もしくは周りの人間がイボ痔になって、窮地に追い込まれる夢さ。見たくないと思っても、勝手に見てしまう。自分ではどうすることもできない。あんたにとり憑いた憑き物の仕業だよ」

 「あれは、憑き物なんですか」

 「違うとしたら何なんだい。もしかして、あんたは本当にイボ痔なのかい」

 「まさか。そんな病気はしたことがない」

 「だろう。これはね、あんたの家系に代々とり憑いている、質の悪いやつの仕業だ。見たところによると、江戸時代からだね」

 「江戸時代。そんな昔から」

 「そうさ。いいかい、あんたの先祖はね、尾張でもかなり名のある大名だった。でもね、私利私欲のために農民たちにかなり重い税を課していた。飢饉があった年でも関係なくね。そしていつしか、憐れに死んでいった農民たちの届かぬ思いが、怨念となってあんたの先祖の尻にとり憑いた。いいかい、あんたの家系は代々そういう歴史を背負って生きてきたんだ。この怨念を断ち切るためにも、今から私が言うことをよく聞いて、怨霊たちが成仏するよう祈るんだ。怨念を断ち切り、無事憑き物を成仏させる方法、それはすなわち」

 老婆が口を開こうとした瞬間、再びろうそくから大量の煙が上がり、視界を遮られた。必死に手を動かすが、煙は意志を持った生き物のように、どんどん大きくなっていく。汗だくになりながら夢中で手を振り乱し、ようやく視界が戻ると、老婆の姿は消えていた。

 そこでふいに目が覚めて、気がつくと私は病室のベッドの上にいた。いつものように全身に汗をびっしょりかいていたが、いったいどうしろと言うのだ。

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