孫のことで頭を悩ます

 七月二十九日(金)福留

 女房が見舞いに来た。「きみまろは楽しかったか」と聞くと、嫌味と勘違いしたようで、「悪かったわね、来られなくて」としおらしい顔をする。そういうつもりではなかったのだが、素直に謝られるとかえって何も言えなくなる。

 お互いしばらく黙っていると、女房が着替えの入った荷物を取り出しながら、「昨日、恵理子から電話があったんだけど」と静かに言った。

 「おう、恵理子が何だ」

 「裕太のことでね」

 「裕太がどうした」

 「何か、学校でお友達を怪我させたんですって」

 怪我をした方でないことにひとまず安堵したが、女房の顔つきは深刻だった。ただごとではない気配を察して、「まさか」と声が漏れる。

 「いや、怪我自体はたいしたことなかったみたいなんだけど、裕太の蹴ったボールが目に当たったとかで、恵理子は先生から電話でその話を聞いて、菓子折り持って謝りに行ったらしいのよ」

 「相手の親に何か言われたのか」

 「そうじゃなくて、その後で裕太に『お友達を傷つけちゃだめよ』って恵理子が言い聞かせようとしたら、『どうして傷つけちゃいけないの』って聞き返したんですって。相手の子に悪口を言われてボールを蹴ったらしいんだけど、本人は悪いと思ってないみたいで」

 「子ども同士の喧嘩じゃないか」

 「恵理子が『どうしてって、人を傷つけるのは悪いことで、悪いことをしたら刑務所に行かなくちゃいけないのよ』って言ったら、今度は『どうして人を傷つけるのがいけないことなの、先に嫌なことをされたのは自分なのに、どうしてやり返しちゃいけないの』っって『やり返して、相手の子の目が見えなくなったらどうするの、死んでしまったらどうするの』って問い詰めたら、『どうして人を殺したらいけないの』って。裕太がそんなことを言ったことがすごくショックだったらしいんですけど、その後、恵理子も親として何も言えなかったらしくて。あなた、一度電話してみてもらえませんか」

 「父親がいるだろう」

 「俊彦さんは出張で今週いっぱい帰ってこないんですって。恵理子ひとりの時にそんなことが起こったから、余計に参ってるみたいで。か細い声で電話かけて来たのよ。我が子ながら怖くなっちゃったって」

 「情けない母親だ」

 ため息が出た。自分が親に教わったように育てるかどうかは親の裁量だが、自分の子どもに怯えるとは親失格ではないか。

 「情けない母親でも、恵理子はあなたの娘で、裕太はあなたの孫でしょう」

 孫とはもうどれほど会っていないだろう。私がここへ入院する少し前のことだから、最後に顔を見たのは三ヶ月ほど前か。初めて抱いた時の感触は今も忘れていない。娘を初めて抱いた時よりも目頭が熱くなったのを覚えている。切羽詰まったように「お願いしますよ」と頭まで下げる女房を見て、なぜか胸が痛くなった。

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