男性ボーカルによる'70s-'00s Jポップ&Jロック・カバー曲プレイリスト
この記事は、少し前に投稿した「女性ボーカルによる'70s-'00s Jポップ&Jロック・カバー曲プレイリスト」のいわば続編の「男性ボーカル」編になる。
選曲の基準は前の記事と同様で、なんらかの主張や独自の解釈が聞き取れるものとした。単に原曲に忠実なコピーや、弾き語りで歌ってみましたこんなアレンジで演奏してみましたというような曲は、原則として選出していない。
多くの人から知られていそうな楽曲のカバーを選ぶようにしたが、もちろん僕の趣味嗜好に依る一定の偏りは存在している。
以下に、オリジナル楽曲のリリース年順に、簡単な紹介とともに列挙していく。
■ 心の旅(有頂天)
・オリジナル:チューリップ(1972年)
テクノ/ニューウェーブ系のアレンジにタテノリのビート。原曲の歌いだしの「あー だから今夜だけは」の「あー」を「アイヤイヤイヤイ!」とシャウトするケラのボーカルが強烈なインパクト。原曲が歌っている別れの切なさを、切迫感・焦燥感として再構築(ディスラプション)してるカッコいいカバー。
1985年リリースの同名シングル、1986年リリースのカセットブック『BECAUSE』、2012年リリースのコンピレーション盤『キング・ソングス・オブ・キャプテンレコード』等に収録。ボーカルはケラ。〈*1:巻末に注釈あり,以下同様〉
■ 春のからっ風(アナーキー)
・オリジナル:泉谷しげる(1973年)
シンプルなエイトビートのロック・アレンジ。原曲はミディアムテンポでささやくように歌われたが、こちらはストレートに「からっ風」をドライブするギターが奏で、「誰が呼ぶ声にこたえるものか!」のシャウトが熱い。
1985年リリースの『BEAT UP GENERATION』収録。ボーカルは仲野茂。
■ 氷の世界(水戸華之介)
・オリジナル:井上陽水(1973年)
限界に挑戦するような高速BPMでのスラッシュメタル・アレンジ。原曲もファンキーでフリーキーなビート感の曲だが、このカバーはそれをさらに極限まで押し進めている。変幻自在の水戸のボーカルからは、原曲とも少し違うバイオレントな狂気を感じる。
1996年リリースの『Made In Babylon』収録。
■ 春一番(ウルフルズ)
・オリジナル:キャンディーズ(1975年)
オールドスクールなギターロック・アレンジ。ギターとキーボードのバトルも熱い。原曲もマイナーコードが多く、アゲアゲの「春だ!楽しい!」って曲ではなかったが、それをこのハードなロックでカバーしたのは慧眼。
1996年リリースのシングル『バンザイ~好きでよかった』、2016年リリースのアルバム『バンザイ~10tn Anniversary Edition』に収録。ボーカルはトータス松本。
■ 木綿のハンカチーフ(宮本浩次)
・オリジナル:太田裕美(1975年)
昭和の名曲をピアノとストリングスで“都会的”にソフィスティケート。宮本の歌のうまさが際立つ。よく聞くと、何か所かある最高音部の中で、3番の歌詞の「見間違うようなスーツ着たぼくのー」の「の」の箇所(調べたところド#とのこと)だけファルセットじゃなくてベルカントで歌っている。「二人」の距離感の変化を表現したのかもしれない。
2020年リリースのシングル『P.S. I lovoe you」に収録。〈*2〉
■ 中央フリーウェイ(ケラ&ザ・シンセサイザーズ)
・オリジナル:荒井由実(1976年)
ハードコアテクノ・スタイル。強烈なキックが気持ちいい。「右に見える競馬場」も「左のビール工場」もあっという間に視界から消えて行きそうな高速感。
2006年リリースの『隣の女』収録。ボーカルはケラ。
■ 春夏秋冬(シオン)
・オリジナル:泉谷しげる(1976年)
ほとんど歌っていない、吐き捨てるようなボーカルが凄まじい。ただ、メロディを歌ってはいないがグルーヴィ。途中で唐突に割って入ってくるパーカッシブな音はアコギのスラム奏法だろうが、感情に任せてただ叩いているだけのような響きが武骨でよい。
上に紹介のバージョンは1993年リリースの『STRANGE LIVE / 1986-1988The Singer』収録。〈*3〉
■ スローバラード(THE MILLION IMAGE ORCHESTRA)
・オリジナル:RCサクセション(1976年)
エレピからギターが入ってきて聞こえてくる痛切なボーカル、そこにベースのルート音が重なる音響、そしてサビ前からサビでのホーン、間奏でのサックス、ギターの響き。ボーカルも含めたすべての音響が圧倒的。「同じ夢」を見ながらトリップしそうになる。
2019年リリースの『熱狂の誕生』収録。歌唱はゲスト・ボーカルの奇妙礼太郎。
■ ユー・メイ・ドリーム(中川敬)
・オリジナル:シーナ・アンド・ザ・ロケッツ(1979年)
アコギメインの弾き語り。ニューウェイブ感の強かった原曲を、コーラスも美しいミディアムバラードとしてカバー。こんなにシンプルで切ない曲だったんだと気づかされる。
2015年リリースの『にじむ残響、バザールの夢』に収録。
■ 男たちのメロディ(THE BIG BAND!!)
・オリジナル:SHOGUN(1979年)
テレビドラマの主題歌にもなったキャッチ―なロックチューンを、ちょっとレゲエっぽさもあるダンサブルなビートにアレンジ。途中でインサートされるラップパートも盛り上がる。
1998年リリースの『TIME』収録。ボーカルはDJ DRAGON。
■ 贈る言葉(FLOW)
・オリジナル:海援隊(1979年)
シンプルなタテノリビートナンバー。間奏ではホーンも入るミクスチャーロック。開放感のある掛け合いのツインボーカルが気持ちよい。
2003年リリースの同名シングル、アルバム『SPLASH!!!〜遥かなる自主制作BEST〜』他に収録。ボーカルはKOHSHI、KEIGO。
■ 贈る言葉(大橋トリオ)
・オリジナル:海援隊(1979年)
キーボードとドラムを核に、音数の少ないアンビエント風のアレンジ。感情を抑制したボーカルが、原曲とも他のカバーバージョンともまったく異なる流麗な曲に生まれ変わらせている。
2010年リリースの『FAKE BOOK』収録。ボーカルは大橋トリオ(大橋好規)。
■ たとえばぼくが死んだら(eastern youth)
・オリジナル:森田童子(1980年)
かき鳴らされるギターと叫び声のようなボーカル(ボイス)。もはや完全にイースタンユースのオリジナルにしか聞こえない。
1997年リリースの『口笛、夜更けに響く』収録。ボーカルは吉野寿。
■ 雨上がりの夜空に(EMPTY BLACK BOX)
・オリジナル:RCサクセション(1980年)
日本のロック・アンセムともいえるこの曲を、軽快なスカっぽいアレンジのブラスロックとして大胆にカバー。(いい意味での)軽さと熱さを併せ持つボーカルがよい。
2008年リリースの『昭和デラックス』収録。ボーカルはYatz。
■ 多摩蘭坂(ハナレグミ)
・オリジナル:RCサクセション(1981年)
ピアノとアルトサックスに寄り添われて、穏やかに歌われるRCの名バラード。間奏で歌メロを吹くサックスの音色が美しい。
2013年リリースの『だれそかれそ』に収録。ボーカルはハナレグミ(永積タカシ)。
■ 悪女(百々和宏)
・オリジナル:中島みゆき(1981年)
原曲よりもゆっくりと歌われるボーカルに、オルタナっぽいノイジーなギターが覆いかぶさるように鳴らされる。ちょっと中性的な声質のボーカルとも相まって、夢幻的な世界の「悪女」が生まれている。
2012年リリースの『窓』収録。
■ リンダ リンダ(コレクターズ)
・オリジナル:ブルーハーツ(1987年)
ブリティッシュ・ビート/モッズ・スタイル。ストレート(直球)に近い高速スライダーのようなカバー。ギュインギュインいってるギターが最高かっこいい。ヒロトとマーシーはブルーハーツ以前は当時のモッズ・シーンで活動していたらしいが、その辺りを含めての二人へのオマージュも含むのかもしれない。
2010年リリースの『THE BLUE HEARTS 25th. Anniversary TRIBUTE』収録。ボーカルは加藤ひさし。
■ 青空(加川良)
・オリジナル:ブルーハーツ(1987年)
音数の少ないド直球フォークソングカバー。作曲者であるマーシーのソロライブを彷彿とさせるが、それだけではなく、さらに加川良ならではの土着性とアクの強さと年季を感じさせる。本物の「声」だけが持つリアリティ。
2016年リリースのシングル『みらい』収録。
■ 1000のバイオリン(南佳孝)
・オリジナル:ブルーハーツ(1993年)
ビート感のあるアコギの弾き語りから始まり、途中でドラムのキックが加わるところから一気にテンションが上がる。混沌のまま突っ走る疾走感がロック。
2019年リリースの『ラジオな曲たちⅡ』収録。
■ すばらしい日々(宮沢和史 in GANGA ZUMBA)
・オリジナル:ユニコーン(1993年)
二胡の響きが印象的な、ちょっとダークサイケなアレンジ。原曲の淡々とした、客観的に自分をみているようなボーカルに対して、内面に沈んでいくような、不思議な音響。
2007年リリースのコンピレーション盤『ユニコーン・トリビュート』収録。
■ ラブリー(大橋トリオ)
・オリジナル:小沢健二(1994年)
ドラムの刻む軽快な2ビートとピアノによるアコースティックなアレンジ。薄く繰り返されるドラムのシンバルと女声コーラスが気持ちいい。
2012年リリースの『FAKE BOOK Ⅲ』収録。ボーカルは大橋トリオ(大橋好規)。
■ ラブリー(ハナレグミ)
・オリジナル:小沢健二(1994年)
本人(永積)によるセルフライナーノーツによれば「居酒屋で奏でるラブリー」とのこと。たしかによい意味での「居酒屋で小皿叩いて皆で騒いでる」ような猥雑さとそこからくる生命力、まさに「Life is coming back」が感じられるカバー。
2013年リリースの『だれそかれそ』収録。ボーカルはハナレグミ(永積タカシ)、デュエットはゲストボーカル原田郁子。
■ ロビンソン(羅針盤)
・オリジナル:スピッツ(1996年)
ちょっとドリームポップ風のキーボードと儚げなボーカル。ビート感は原曲に近いが、ギターレスにしたことで、原曲以上に「密室感=密やかさ」が強まって聞こえる。
2002年リリースのコンピレーション盤『一期一会 Sweets for my SPITZ』収録。ボーカルは山本精一。
■ 恋しくて(ニーネ)
・オリジナル:小沢健二(1997年)
グランジ風のエレキギターのカッティングにのせて、投げだすようなボーカル。原曲の軽やかで切ないポップソングを、こんな風に歌うしかない奴はきっと世の中にたくさんいるだろうって意味で圧倒的に正しいオルタナティブ。
2001年リリースの『うつむきDXOK』収録。ボーカルは大塚久生。
■ 透明少女(星野源)
・オリジナル:ナンバーガール(1999年)
アコギ弾き語り。原曲の殺伐感、寂寞感、刹那感を、そのまま(良い意味で)オブラートにくるんだようなカバー。よくきくと、原曲の向井と星野の声質は、案外似ているようにも聞こえる。
2012年リリースのシングルCD『知らない』の初回特典DVD、およびいくつかのライブDVDに収録。
■ 透明少女(長谷川健一)
・オリジナル:ナンバーガール(1999年)
こちらもアコギ弾き語り。少しブルージー、ギターもコードを鳴らすのでなくフィンガーピッキングで爪弾かれていて、悲しげで消えてしまいそうな透明少女。コーラスはアジカンの後藤正文。
2013年リリースの『my favorite things』収録。
■ 漂流教室(Omoinotake)
・オリジナル:銀杏BOYZ(1999年)
シティポップ風の洗練されたアレンジに透明感のあるハイトーンのボーカル。友人の死と残された者の続いてゆく生を歌った美しいミディアムロックナンバーの、「美しさ」を際立たせたカバー。
2021年リリースの『EVERBLUE』収録。ボーカルは藤井怜央。
■ 東京ハチミツオーケストラ(ギター・ウルフ)
・オリジナル:チャットモンチー(2006年)
正統ガレージロック/ハードロック・アレンジ。もともとチャットモンチーはツェッペリン直系のハードロックだとも言えるが、その意味で本質をとらえていて、原曲の「(上京少女の)都会への警戒感」を「(上京少年の)都会への恐怖感」にコンバージョンしたようなカバー。
2018年リリースのコンピレーション盤『CHATMONCHY Tribute ~My CHATMONCY』に収録。ボーカルはセイジ。
■ 俺たちの明日(東京スカパラダイスオーケストラ×高橋一生)
・オリジナル:エレファントカシマシ(2008年)
軽快なスカ・ナンバー。ホーンを中心としたアレンジに、高橋一生の歌う「さあ頑張ろうぜ!」の声が馴染む。原曲が「背中をドンと押してくれる」感じだとするなら、このカバーは「ちょい強めに肩を叩いてくれる」感じか。絵空事でないリアルな応援歌。
2018年リリースのコンピレーション盤『エレファントカシマシ・カヴァーアルバム3』に収録。ゲストボーカルの高橋一生の歌唱。〈*4〉
■番外編
ここから2曲は、冒頭の「条件」からは外れてる番外編。いずれも1970年より以前に発表されている楽曲のカバー。
■ 仰げば尊し(遠藤ミチロウ)
・オリジナル:翻訳唱歌(1884年)
セックスピストルズの『My Way』への日本からの返答ともいえるカバー。(集められたパンクスの)少女の合唱から、ギターソロが入ってミチロウが「仰げば尊しー」と歌いだすところのゾクゾクするスリル感。アウトロの「さっさとくたばれ!」の叫びこそがまさにパンク魂。
1984年リリースのカセットブック『ベトナム伝説』に収録。他に、ミチロウの別ユニット名義でもいくつかのバージョンが音源化されている。〈*5〉
■ 上を向いて歩こう(RCサクセション)
・オリジナル:坂本九(1960年)
あまりにも有名な、「日本の有名なロックンロール」のカバーソング(カラオケにもこのRCのバージョンがある)。イントロのピアノのトレモロからすでにめちゃくちゃカッコイイ。「アァウ!」のシャウトとか、「な、な、夏の日ィ」のボーカリゼーションとか、大サビの「幸せは雲の上にー」の高揚感とか、凄いところをあげるとキリがない。
1979年リリースのシングル『ステップ!』、他に収録。ボーカルは言わずと知れた忌野清志郎。
*付記(蛇足)
選んでみて思ったのは、(単に僕の趣味に起因しているだけかもしれないのだが)「女性ボーカリストによる男性曲カバー」は多いが、「男性ボーカリストによる女性曲カバー」は比較的少ない印象だった。どこかにジェンダーの問題が潜んでいるのかもしれないが、本稿の趣旨とは異なるので、ここでは深入りはしないでおく。
〈補足・注釈〉
*1)ケラのボーカルによる「心の旅」のカバーは、ケラのソロ名義での別バージョンもある。そちらはミディアムテンポのシンセポップ風のアレンジで、「あー だから今夜だけは」と悲しげなボーカルで歌っている。
1990年リリースの「ナゴム全曲集」に収録。
*2)宮本による「木綿のハンカチーフ」のカバーは、アルバム『ROMMANCE』に収録された「- ROMANCE mix」もあるのだが、単にミックス違いかと思ったらボーカルも別テイクで、こちらでは前記の「スーツ着た僕の」の「の」はファルセットで歌っている。意図は不明だがアルバム用にボーカルを録り直した際にファルセットを選択したのだろうか。
*3)シオンによる「春夏秋冬」のカバーはライブアルバムを含めて複数のバージョンが音源化されている。スタジオ録音版は1987年のアルバム『春夏秋冬』に収録されているが、こちらは比較的オーソドックスな原曲に近いバージョン。
*4)「俺たちの明日」のカバーについては、スカパラをバックに本家の宮本浩次が歌唱するライブバージョンも音源化されている。
『2018 Tour「SKANKING JAPAN」" スカフェス in 城ホール" 2018.12.24』収録。
*5)初出のカセットブック上では、このカバーソングには「仰げば尊し - 滝田修に捧ぐ」との献辞が添えられていた。滝田修は京大全共闘(正確には京大パルチザン)の理論家・活動家。ここからは僕の記憶頼りになるのだが、この献辞が添えられた理由は「京大全共闘が立てこもったバリケード内に(大学側から要請された)機動隊が突入する際に、バリケードの中で強力な圧の放水を受けている学生たちが、大学への抵抗として反語的に歌う『仰げば尊し』が響いていた、という伝説がある」ことに由来するらしい(との記述を読んだ記憶があるのだが、真偽は不明)。
〈了〉
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