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闇に蠢くもの

某所とだけ。

バブル崩壊後の1990年代中頃。
私は関西のとある小劇団で4年ほど劇団員をしていた。
その時のお話。

大阪の繁華街。
ビルを改装したその一角に小さな芝居小屋がオープン。
その第一回目の公演をすることになった。

劇団の芝居というのは劇団員が皆総出で準備をする。「仕込み」と呼ばれる舞台の設営を前日に行う。

その仕込み当日。
舞台設営を担当していた私はあることに気づいた。作業を進めているとやたらとチャバネが目立つ。

ご存知だろうか?小さく茶色いゴキ。
体長1cm弱。業務用ゴキと呼ばれ、よく居酒屋の厨房などに出没する。ゴキは死ぬほど苦手だかこいつは小さいのでそれほど怖くはない。そのチャバネが舞台設営の準備をしているとあちこちにいる。

最初は気にしていなかった。
商業ビルだし仕方ないか、くらい。
だが、おかしい。
尋常な数ではない。
そこら中にいる。
居酒屋の厨房でさえこんなに数はいない。

異常に気づいた私は、すぐに座長に相談した。
「お前も気づいたか。俺もさっきからおかしいと思っていた」
「どうしますか?」
「他の者は作業を続けろ。木下!お前は来い」
座長に連れられ設営中の芝居小屋から出る。

最初にも書いたが、ここはあるビルの一角。
同じフロアにはいくつか店舗が入っていた。

「おかしいと思わんか?この臭い...」
「確かに。。」
小屋入りした時からずっと漂っていた。
フロアに充満する嫌な臭い。

座長がスッと指をさす。
その指の先。
反対側の一角に潰れた店舗があった。
「どうもあそこから漂っている気がする」

嫌な予感がした。

「調べてこい!」

やっぱりか!
お前がいけや!
絶対いやじゃ!
ヤバイ予感しかしないわ。

などと言えるはずもなく。
座長命令。拒否権はない。
恐る恐るその店舗に偵察に行くことになった。

【 店内へ潜入】

いくら潰れた店舗とはいえ。
施錠くらいしてるはず。
淡い期待を込めてドアに手を掛ける。

ガチャ...
開く。 施錠もしてない。
まじか...。
もうこの時点で警戒マックス。
でもこのまま逃げ帰って座長に怒られる方が怖い。
意を決して中に踏み込んだ。

暗い店内…
途端に漂う異臭。
これは!絶対に何かある。。
予感が確信に変わる。
恐る恐る周りを見渡す。

幸いにも窓からいくらか光が差し込む。
目がなれると意外にも店内の様子はハッキリと見えた。

その差し込む光を頼りに臭いの発生源を探すべく、必死にうす暗い店内を進む。
その店は細長い作りで、入り口からホール、客席と続き、一番奥に厨房があるタイプ。

臭いは明らかにその奥の方からだった。
中に進むほど臭いがどんどんキツくなる。

奥に着いた。薄暗い厨房。
おそらく理由はここにある。
ためらいつつも足を踏み入れた。

うっすらと差し込む光。
そこに照らされた雑然とした光景。
絶句した。
夜逃げでもしたのか?
調理器具がそのまま放り出されてる。
鍋も皿もそのまんま。
明らかに異常だ。
さらにその一番奥。
背丈ほどの業務用冷蔵庫がある。
もちろん電源は入っていない。

明らかにコイツだ…

もう帰りたい。
触れるのも嫌だ。
だがちゃんと報告しなければ死ぬほど座長に怒られる。
恐る恐る冷蔵庫のドアを掴んだ。

意を決して扉を開ける。
ガチャ…

ズザザザザザザザザ…

飛び出す塊。
うわぁぁぁあああ!!!!!!!!!!

叫んだ。本気で叫んだ。
あふれる激臭!!
ウネウネと蠢く塊。
おぞましい。
これほどおぞましい物は見たことがない。

中にあったのは。
放置され腐りに腐った大量のカニ。
そこに群がる数万匹のヤツら!!

バッターン!!!!
冷蔵庫のドアを叩きつけるように閉めてダッシュで逃げた。
転がるように走った。
どうやって店から出たか覚えてない。

あれほどのヤツらを目にしたのは人生で一度だけ。

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illustration: のんち(@Nonchi_art

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