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給食のコッペパン

コッペパンを知ってるかい?

昭和の時代。
給食といえば細長くて丸いコッペパン。
それが定番だった。
しかもこのパン。
お世辞にも美味しいと言えない。
味はしないし、ボソボソ。

だからパンを残す子もいた。
給食の時に見つからないように机の中に隠す。教科書で押しつぶす。次の日も、また次の日も。残したパンを机に入れて押しつぶす。

1ヶ月後。
押しつぶしたパンの塊に青カビが生えまくり「腐海」が生まれる。大掃除のときには毎回、誰かの机で「腐海」が発見された。
「また一つ腐海にしずんだか... 」
ナウシカのユパ様のごとく呟いたものだ。
それは昭和の小学校にはよくある風景だった。

【 パンはある昼、偶然に。 】

さて。
私は給食が大好きだった。
コッペパンも残さず食べていた。

その当時は1クラス45人教室。
給食係が数人で手分けして配膳をしていくが、何せ数が多い。
主菜を盛るもの。
牛乳を配るもの。
そしてコッペパンを配るもの。
おかずの大盛り小盛りの交渉や、嫌いなもののトレード。
もう、給食の時間はてんやわんやだ。

パンは大きなトレーにまとめて入れられており、それを抱えた給食係がトングで掴み、それぞれの皿に入れていく。
その日。
粗雑な給食係がパンを私の皿にポンと放り投げた。

細長く丸いパンはコロコロと皿を飛びだし、机を転がり。そのまま油と泥にまみれの床に落ちた。

「ああああああああ!」
「お前!ちゃんと入れろや!」
「ちゃんと受け取らんのが悪いんやろ!」

そのまま、給食係は忙しそうに他の子の配膳を続ける。
給食の準備時間は戦場だ。
今、落ちたパンについて言い争ってる暇はない。早くなんとかしないと給食の時間が始まってしまう。

私は落ちたパンを拾い上げ、渡り廊下の向こうにある「給食室」に走った。
パンが落ちたりした場合は「給食室にもっていく」と教えられていたからだ。

かくして、私は給食室に駆け込んだ。
「おばちゃーん!パンが落ちたぁ!」
この世の終わりのような表情で、悲壮感たっぷりに訴える。

給食のおばちゃん。
「ほんまか、かしてみ。」
私の手からパンをヒョイっと取り上げた。

替えのパンが出てくるのかな?と思ったら。

なんとおばちゃんは隣の大きなガスコンロでその落ちたパンを炙り出した。
丸く大きなガスコンロ。そこに青い炎が立ちのぼっている。トングで掴んだパンをそのまま直火にさらす。

「こんなん消毒したらええねん!」(ニカッ)

昭和とはそういう時代だったのだ。

「ほら、出来た。熱いから気をつけてもっていき」
そう言って焦げたパンをおばちゃんはこっちに返した。
(ええ?これがいつものコッペパン?)
受け取ったパンは所々が焦げてブツブツしていた。
見た目はグロテスク。
だが、とってもいい匂いがした。

もう給食の開始時間はすぐそこだ。
私は、おばちゃんに礼をいい、ダッシュで教室まで戻った。

エピソード#6_Ver2

【 スーパーコッペパン爆誕 】

戻ると、給食の始まる寸前。
なんとか間に合った。
「きっぴ、どこ行っとってん?」
隣のサトちゃん(仮名)が声をかけてくる。
「ああ、パン落とされて。給食のおばちゃんに焼いてもろてん」
「うわ!最悪。気持ち悪いな、そのパン」

確かに。
焦げでブツブツして見た目はよくなかった。

日直の声が響き渡る。
「おあがりなさい」
「いただきまーす」
いつもは真っ先におかずから食べ始める私だが、今日はコッペパンを手にとった。
だって、気になっていたから!

口に含む。
フワッっと広がるパンの香ばしい匂い。
(なんじゃ....これ!!)
唸った。いつものパンじゃない。
直火で炙られたパンはその本来の力を取り戻していた。
いや!コゲができてアツアツでホクホクで。
もっと高次元の存在に変化していた。
スーパーだ!これはスーパーコッペパンだ!
ここにスーパーコッペパンが爆誕した。

【 そしてブームが訪れた 】

次の日から私はコッペパンをわざと落とすようになった。
毎日やると嘘くさい。
だから3日に1度にした。

「またあんた?よう落とすな」
3回目くらいで給食のおばちゃんに顔を覚えられた。
それでもおばちゃんはいつも笑顔でパンを焼いてくれた。

5回目くらいの時だったか。
隣のサトちゃんが、私の「スーパーコッペパン」に気づいた。

「きっぴ、わざと落としてるやろ?」
ドキ!!!
流石にこの頻度ではバレるか。
となると...巻き込むしかねぇ。

「これな。焼いてもらうとめっちゃ美味くなるで(ニヤリ)」
「マジで?俺もやってみるわ」
そういうとサトちゃんは皿のパンを掴み、思いっきり床に叩きつけた。

(マジか!こいつ!)
(もっとそっとやれや!)

当然、何人かの目ざとい男子連中が気づく。
「サトちゃん、何しとん?」
「こうするとパンが美味くなるねん!」

そこからは早かった。
あっという間にこの「スーパーコッペパン」のブームが到来。
ウチのクラスの男子だけが、毎日パンを落として給食室に訪れるようになった。

もうその頃には給食のおばちゃんも「何かがおかしい」と気づいたに違いない。

【 スーパーコッペパンの最期 】

やがて。
私とサトちゃんが同時に給食係になるターンが来た。
ヤバイ。
給食係だと「自分のパンを落として焼きにいく時間」がない。
みんなへの配膳で準備時間が終わる。

私とサトちゃんは作戦を話し合った。
「きっぴ、どうする?焼きに行く時間ないぞ」
「全部、、落とそう」
「はあ?」
「俺ら給食係や。給食室から運ぶやろ?」
「おう?」
「その時に、パンをコケたフリして全部落とすねん」
「ええ?」
「まとめて焼いてもらおう!」

かくして。
次の日の給食の時間。

パンの配達係になった私。
わざとフラフラしながらパンのトレーを運ぶ。
給食室からクラスへ向かう渡り廊下。
そこで満を辞して。

「うわああああああーー(棒)」
盛大にコケた!
廊下にぶちまけられるコッペパン。

「何してるの!!」
駆け寄る先生。
「ああ〜、パンが〜パンが〜」
騒ぎ出す女子たち。
「大丈夫や!大丈夫!焼けば大丈夫やねん!」
割って入る男子たち。

「何アホなこと言うてるの!」
「そんなのダメに決まってるでしょーがぁ!」(先生)

えええ!!!!!!!!(固まる男子ズ)

かくして。
スーパーコッペパンブームは終わりを告げた。
クラスから何人もパンを落として焼いてもらっていたことが発覚し。
「落としたパンを給食室で焼いてもらう」のは禁止となった。

落とした場合は、もう一つ。
新しい替えのパンが用意された。

落としてもボソボソとしたパンが増えるだけ。

その後、我がクラスからパンを落とすものは一人もいなくなった️。


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illustration: のんち(@Nonchi_art


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