ゆるゆる読む京極杞陽 #02 昭和12年

昭和12年(1937年)の収録句数は52句。
明治41年(1908年)生まれの杞陽にとって、満年齢で29歳、数えで30歳を迎えた年だ。

その日々の南隣の柿若葉
湖がうかび上がつてくる花野
可愛さう頬ざらざらで冷たさう

京極杞陽『くくたち 上』昭和12年の句より

文体が多彩だ。

1句目、「その日々の」の導入が新鮮。80年以上前の表現だとは。むかし住んでいた家を思い出しているのかもしれない。

2句目、3句目、どんな景色を見ているのかはわからないけれど、感覚や感触は確かに手渡される。

汗の人ギューッと眼つぶりけり

同上

漫画みたいな「ギューッ」が楽しい。特に「ッ」がいい。これも昭和12年の表現だ。

「ギューッ」には、わずかではあるが時間の幅がある。

その言葉を発語するあいだ。文字を読んで頭のなかで再生するあいだ。眼をつぶる様子を思い浮かべるあいだ。短いけれど確かに幅を持ったその時間が、汗の人への愛着を増幅させるように思う。

ぷつつりと天道虫のとりつける

同上

こちらの擬態語はひらがな。小さな虫への愛おしさが乗っている。「とまりけり」ではなく「とりつける」と表現したところに、天道虫の脚を感じた。

※ 『くくたち(上・下)』は東京四季出版編『現代一〇〇名句集④』で読んでいます。引用は新字体です。