ゆるゆる読む京極杞陽 #03 昭和13年〔30歳〕

昭和13年(1938年)の収録句数は76句。

雪の山巨きく巨きく凹みをり
尾根雪崩れ鳴りどよみひんひんと余韻消ゆ

京極杞陽『くくたち 上』昭和13年の句より

雪崩によってもたらされた衝撃の大きさが伝わってくる。

句集冒頭はスキーの句だったから、雪崩も間近で見たことがあるのかもしれない。

〈巨きく巨きく〉のリフレインや〈鳴りどよみひんひんと〉の思い切った字余りが、雪崩を書き残そうとした気持ちに適っていたのだと思う。

この頃は蜂を恐れて居るわが子
子は墨の髭など生やし日向ぼこ

同上

略年譜から計算すると、杞陽には当時3歳と0歳の子どもがいた。0歳のお子さんはその年の1月に生まれたばかりなので、蜂を恐れているのは3歳のお子さんだろうと想像できる。

〈この頃は〉という言葉は、なにげないものではあるけれど、発達の進みや興味の移り変わりが激しい幼児期の子どもを見ているなかで出てきたもののように思う。

何かに残さなければ簡単に忘れてしまうような、愛おしい日常の欠片をこの句は伝えている。

日記を覗かせてもらったような、あるいは、手紙を読ませてもらったような感触もある。

〈墨の髭〉の句の子どもはよその子かもしれないが、おちょけた姿に呆れながら心をほぐされている感じがよく伝わってくる。

ストーブの火を見てはちょと物書きて

同上

書く人の息づかいが宿っている句だ。

「ちょ」がいい。「ちょっと」よりも縮められているところに、一息でサッと書いたような感じを受け取った。

「書きて」と連用形で終わっているのもいい。少しずつ書き進めていく様子が思われる。


『くくたち(上・下)』は東京四季出版編『現代一〇〇名句集④』で読んでいます。引用は新字体です。年齢は断りのないかぎり満年齢です。

略年譜は、成瀬正俊編『京極杞陽の世界』に収録されているものを見ています。