ゆるゆる読む京極杞陽 #09 昭和18年

昭和18年(1943年)の収録句数は82句。

炎天のテニスコートの只ありぬ

京極杞陽『くくたち』下 昭和18年の句より

平らに均された無人のテニスコートと照りつける強い日差し。映像がぱっと立ち上がってくる句だ。

テニスをしにきたというより、たまたまコートに行き着いた様子を想像した。よそもの的なものの見方だ。

馬首をおろしてゐるや月見草

同上

歩くでもなく、食べるでもなく、何もしていないときの馬の姿が捉えられている。

こちらも〈只ある〉の句といえるかもしれない。

テニスコートの句と違うのは、馬には命があるということだ。月見草がやさしい。

秋の灯のくらきソファーに人を待つ
大仏のうしろに暗き冬紅葉

同上

秋の灯の句、慣れない場所で待たされている様子を思い浮かべた。若干の心細さと好奇心を感じる。

大仏の句、背景の冬紅葉に関心を向けているのが面白い。

どちらの句も「暗いけれどよい」という肯定の上に一句が成り立っている。

欧州回想
雪霏々と博物館をいそぎ見て

同上

昭和18年の章はこの句で締めくくられている。

閉館間際だったのかもしれないし、次の予定があったのかもしれない。

展示を見に来た人に時間がなくても、展示室側は変化しない。人のほうが変わる。歩く速度を上げたり、解説を読み飛ばしたり。そのときに生じる独特な感覚が俳句のかたちに保存された。

この句集では、各章の序盤あるいは終盤にたいてい雪の句が置かれている。

1年の句を季節の流れに沿って配置すればそこに冬の句が来るのは当然のことだが、読者からすると読み進めるうちに繰り返し雪の句に出会うことになる。それは、雪を書かずにはいられなかった杞陽に出会うということでもある。


『くくたち(上・下)』は東京四季出版編『現代一〇〇名句集④』で読んでいます。引用は新字体です。