ゆるゆる読む京極杞陽 #10 昭和19年
昭和19年(1944年)の収録句数は99句。
音に注目したのが細かくて面白い。猿の体の軽さを感じる。
いろいろな芸を観ただろうに結局心に残ったのはその音だったというのがまさに俳句だ。
杞陽は東京で生まれ育ったが、旧豊岡藩主の家の当主だった。昭和18年11月に兵庫県豊岡の家へ家族を疎開させ、自身は東京で宮内省の仕事を続けていた。
掲句は子どもの癇癪をリアルに書き留めている点が魅力的だ。投げたものが飛んでいった先が雪というところから家屋の様子が目に浮かぶ。そして雪に落ちたクレヨンがきれいだ。
怒ってクレヨンを放り投げた子どもはおそらく投げた先の雪に季節感を見出さないだろう。他方、俳人は季題と認識する。見えかたの複数性が感じられるところも面白い。
ふるさとの句、但馬豊岡への思いと読んだ。ふるさとは普遍的だけれど、その思い描き方のとても個人的な部分を見せてくれる句だ。
鳰の句、〈目覚めて〉にシリアスなムードがある。起きているのは鳰なのだが、東京で空襲が始まったころの作であることを踏まえると、安心して寝つくことのできない作中主体の姿も見えてくる。
他の句の前書には「防空服装のまま眠る。警報出れば赤坂離宮に駈けつく、句友皆没交渉になる」との記述もあった。
この句もまた寝つけない夜の句だろうか。句友皆没交渉のなかでひとり作る俳句だ。
屏風絵のひとつのパーツのようにちょこんと鼠が乗っていると思うと心が和む。
『くくたち(上・下)』は東京四季出版編『現代一〇〇名句集④』で読んでいます。引用は新字体です。