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スナハラゴミムシは本来マルタニシ食だったのか?



良好な湿地帯の指標にもなっているヒメタニシ。
しかし稲作と共に生息域が拡大した大陸由来の移入種である事はあまり知られていない。

DNAの研究から、日本には中国原産の近縁種と日本在来のヒメタニシの両方が生息しており、琵琶湖産のヒメタニシは日本在来と考えられ、他の地域より殻が大きいことが知られていた(Hirano et al., 2019a, b)。
しかし、その後の研究(Ye et al., 2020)から、東アジア(大陸)産ヒメタニシが約7万年前に自然的要因(氷河期に海水面が著しく低下し、揚子江や黄河の河川水が当時の日本海の表層から九州沿岸に流入)によって九州に侵入した後、約8000年前(縄文時代)に農耕技術とともに九州から東日本に人為的に移植、定着した。同じ頃、大陸からも東アジア産ヒメタニシが農耕技術とともに東日本に人為的に移植、定着して両者が交雑した。その後、約1200年前(恐らく平安時代)に大陸と東日本の両方から東アジア産ヒメタニシが農耕技術とともに西日本に人為的に移植され、両者が交雑して現在に至っていると考えられている(Ye et al., 2020)。すなわち、九州、東日本、西日本に生息するヒメタニシは、いずれも自然的要因または人為的に中国から日本に侵入、移植され、その後互いに交雑を繰り返した外来種と考えられている。

滋賀県琵琶湖環境科学研究センター『ヒメタニシ』


関東では山地においてもヒメタニシが生息しているケースが多々あるが、タニシを好んで捕食する昆虫であるスナハラゴミムシはそれを追いかけるようにして同所に生息する。
関東以外でもそうした傾向にあるのだろうか。
ヒメタニシが移入される前の関東ではどのようにして過ごしていたのだろうか。
そもそも関東の各地に生息していたのだろうか。
様々な疑問が湧く。

スナハラゴミムシ
環境省カテゴリ: 絶滅危惧Ⅱ類(VU)
スナハラゴミムシ成虫は大顎を用いて
タニシの殻口の蓋を剥がし捕食する
ヒメタニシを捕食するスナハラゴミムシ
飼育下でヒメタニシを捕食する
スナハラゴミムシ幼虫
スナハラゴミムシの大顎




とある山地及び平地の2箇所にて、スナハラが自身よりも遥かに大きなマルタニシの捕食を試みていた様子を何度か確認した事がある。

現在はマルタニシが全国的に減少傾向にあり、絶滅危惧種となっている地域も多いが、この様子を見るにヒメタニシの移入前はマルタニシを含む大型の在来タニシ達がスナハラの主な餌となっていた可能性が高そうだ。

マルタニシの捕食を試みるスナハラゴミムシ
捕食されようとしていたマルタニシ
ヒメタニシはこのマルタニシの蓋ほどのサイズ


ヒメタニシ移入前の関東各地は曲がりくねった河川の整備もされておらず、氾濫原となっていた場所には今ではあまり見られない在来タニシ類も相当な数が生息していたはず。
当時はそもそも湿地帯の面積が段違いだ。

また、マルタニシ生息地ではヒメタニシが生息していなくとも、マルタニシ幼体が捕食しやすいサイズの餌として供給され続けるためスナハラにとって不都合は無さそうだ。




各地のマルタニシの減少要因の大半は水路の護岸や農薬、乾田化等の稲作環境の近代化による物が大きいと思われるが、ヒメタニシの拡散によってニッチを奪われた地域も存在する可能性がある。

しかし、マルタニシが絶滅してしまった各地に残るヒメタニシの存在がこそが現代のスナハラの個体群存続に関わっていた点も否めない。

以下のサイトにも記述されている通り、スナハラは近年まで生態の観察例や報告例が非常に少なく、一部では幻の存在とさえ呼ばれていた。

趣味人の間でタニシ食が疑われ始めてからは生息地が絞られたのか観察例が激増したが、ヒメタニシが棲むような湿地帯はゴミムシ好きの趣味人や研究者が真っ先に観察するような場所なので、何故今までこんなにも報告が少なかったのかと不思議に感じる。

一説には、スナハラ自体が持つ移動力、拡散力によって生息地が急拡大していると見る者もいる。
湿地棲ゴミムシは増水による水没が頻発する場所に棲むため、元々移動力が高い種類が多い。

真偽のほどは定かではないが、もしそうであれば現在スナハラが生息地を拡大できた最大の要因を、各地に定着済みとなっていたヒメタニシが担っている事になる。

ジャンボタニシことスクミリンゴガイをスナハラが捕食した例を知らないが、所によってはスクミリンゴガイがスナハラを支えている場合もあるのだろうか。




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