ウキクサ泥棒・侵入
クワイを育てている漬物樽。
つい最近、これを見た瞬間に思考が止まってしまった。
水が干上がっているためではない。浮草が一切無くなっていたのだ。
この容器には本来、水中に日光が射す隙間もないほどにアオウキクサが繁茂していた。少なくとも半月ほど前はその状態だった。
そしてその浮草の消失は他の水容器でも発生していた。
意味が分からなかった。あまりにも綺麗に無くなっている。
一呼吸おいてから思考を再開させると、まずは泥棒の可能性が第一に浮かんできた。
インターネットで長らく周辺地域や庭の特徴の発信を続けてきた事に加えて希少種を多数扱っている身である以上、何らかの窃盗被害に遭う可能性は考慮してきたが…。
そして、わざわざその辺に生えている浮草を盗むとは考えにくいので、何らかの生体を掬うことを目的として浮草を取り除いたのではないかと考えた。
しかし、大量の監視カメラに一切映る事なくこのビオトープに侵入する事はかなり難しい。
同じように浮草が消えていた別容器では、アオウキクサよりも希少性が高い地元市産イチョウウキゴケだけが多く残されていた事も気になる。
それに、網で掬った場合は必ず周辺にその断片が残されるはずだが、水容器周辺には全くといっていいほど浮草の痕跡や残滓が存在しなかった。
本当に意味が分からなかった。
浮草の消えた泥を眺めながらそんな事を考えていると、何かが動いた。
ほんの少しだけ残された浮草の残滓が、何箇所かに纏まって規則的に蠢いている。
それが何らかの虫である事を直感で把握した時、とある虫の名前が頭に浮かんだ。
ミズメイガだ。
ミズメイガは蛾の中でも比較的珍しい水生の種で、自らが食する水草をトビケラやミノムシのように纏い、水中及び水面で生活する。
ヒメマダラミズメイガは浮草を食すると聞くが、この個体はその種なのだろうか。
20年以上ビオトープをやっているが、ミズメイガを確認したのは初めてだ。
まさかここまで壊滅的な被害を受けるほどの食欲だったとは…。
しかし、食べられたのは現在餌虫の飼料とする他なかった厄介者のアオウキクサなので、観察を行えた分だけ得をしているような気分だ。まだまだ浮草発生中の容器は沢山ある。
いっそ近所からフナでも採ってきてウキクサを処理してもらおうかと考えた時もある。
ウキクサ自体にはビタミン等の栄養が豊富で飼料食料両方の方面で研究も進められており、自宅では両爬の人工飼料に混ぜ込んだりした事もあった。
今回、ミズメイガ類に出会う事ができたのは、恐らく近所の街灯のおかげだろう。
街灯に近ければ近いほど自宅のビオトープではユスリカやカゲロウの発生率が高まるが、ミズメイガもその明るさに引き寄せられた可能性は高そうだ。
近所の水田地帯から飛来したものと思われる。