街中ピアノがすごかったはなし
特段なにか辛いことがあった訳では無い。
でも無性に消えてしまいたくて
特段何かあった訳では無いのがさらに私を苦しくさせた。
もっと、もっと自分を深く抉るような傷があれば。良かったんだろうか。
そんなこと、誰にも言えない。
自ら傷つきに行っているなんて口が裂けても。
口が裂けたら、不幸だろうな。
そうしたらあの人は、私を愛してくれるんだろうか。
腕を見る。
当時私が刻みつけた、いびつな線路は、
今や素知らぬ顔で私の皮膚の色をして未だ、
そこに鎮座している。
どうにもならない現実は逡巡していく。
ぽーん。
意識が現実に引き戻される。
絶対音感など持ち合わせていない私には、
それがピアノの音であるということしか認識できなかった。
ストリートピアノというのだろう、
誰でも自由に弾くことができるピアノと、
その椅子に座る中学生ほどの男の子を私の視界は捉える。
一息おいて演奏が始まる。
いやに心が揺さぶられる。たった2歳程しか違わない彼が、眩しい。
心の奥底まで、くすぐられているみたいだ。
思わず笑みが零れる。
ああ、これが才能か、という笑みが。
演奏は止まらない。
涙はすでに溢れていて、表情筋だけが追いつかない。口元はまだ綻んでいた。
まっすぐ前だけを見据える清きピアニストがまぶしくて仕方がなかった。
この音に包まれて消えてしまいたいとすら、
思えてしまった。
私の足りない脳みそでは言葉にならなかった。
それほどに美しい振動が私の鼓膜を揺らしていた。
男子中学生は控えめに会釈をして、
友人であろう女子二人と歩き出した。
ひたすらに恥ずかしがり屋の私の右手と左手は控えめに、くっつき離れ、離れくっつき。それを13回ほど繰り返したところで、
彼らはもういなくなっていることに気がついた。
この街ではきょうも、
わたしひとり取り残して
時間は進んでいくのだった。