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第9章「月が二つ」

 クニハルが向こうで手を振っているのが分かった。手を振り返して、パラシュートを片付けていると、すぐにマコトがパラシュートで降りてきた。
「凄い分厚い雲だったな。一瞬アスカを見失ったよ。無事に初めてのパラシュートを終えててよかったよ。」とマコトは、笑顔で話かけてきた。

「本当にお父さん?」とアスカは涙目になりマコトに駆け寄り、抱きついた。
「怖かった、無事に帰れて良かった」とアスカは泣き出した。
「おいおい、大げさだな。泣くことないだろう。本当、神様のおかげだよ」とマコトは優しく頭トントンとして、「今日の晩飯はうまいぞ」と言って、マコトは笑った。

 近くにヘリコプターを停止させ操縦していたダニエルが降りてきた。
「みんなが飛んだ後、一時的に原因不明のシステムエラーが生じたよ、大丈夫だったかい? おいおい、アスカは怖かったんだな。グッジョブだよ」とダニエルはアスカに向かって親指を立てた。
 アスカはダニエルのサインをやり返し気持ちが落ち着いた。

 スカイスクールに戻ると、
「今日はもう飛べないかもしれないから、後片付けをして待っていて、ヘリコプターの原因をダニエルと見てくるよ」
マコトとダニエルは原因不明のシステムエラーを追究するためにヘリコプターへ向かった。
自動販売機のベンチでクニハルが缶コーヒーを飲んでいた。クニハルがアスカに気づき「寒かっただろう」と言って、缶コーヒをアスカに手渡した。
 アスカは、クニハルの前のベンチに座りコーヒーを飲んだ。コーヒーは暖かくてほっと一息とはこのことだろうとアスカは感じた。

「私、ダイビング中に、不思議な体験したの。この世界とは別の世界に降り立って、色んな人にあって、助けられて、ようやくこの世界に戻って来られたの」とアスカは、クニハルに一部始終を話した。

「気圧の関係で一瞬、気を失って夢をみたんじゃないかい。そうとしか考えられないよ。僕がヘリコプターを出てすぐにアスカが降り立って、そこから、僕が着地して、アスカが着地するまでの時間は正常だったからね。考えすぎだよ」と言った。

 クニハルは立ち上がり、「明日からまた平日、現実がまた僕達を飲み込もうとしてるよ。僕も現実逃避すると、意識が完全に妄想の世界に入り込み、帰って来れなくなる時があるよ。さあマコトさんとダニエルに挨拶して先に帰るよ」と言った。アスカはクニハルの言う妄想と一緒にして欲しくないと思うと同時に、やはり、意識を失って夢を見ていたのかもしれないと疑心暗鬼となっていた。

 クニハルが去り際に、アスカの左腕を指差して、「次からは、腕輪はつけない方がいいよ。マコトさんに見つかると大変だよ」と言いってその場を後にした。
 アスカは、左手の腕を見た。そこには、サンド博士からもらった腕輪がしっかりとはめ込まれていた。
「やっぱり私、夢じゃない」と確信した。マコトが来るまでに必死で腕輪を取ろうとするもうまくいかず、指を三の形を作ってようやく引き抜いた。

 事務所からダニエルとマコトが出てきて、「遅くなってしまった。さあ着替えて帰ろう」とアスカに言ってアスカは、ダニエルに挨拶をして帰る準備をした。車に荷物を入れて、助手席に座ると、急に眠気に襲われて、アスカは、ゆっくり目を閉じ夢を見た。

「アスカ、無事に元の世界に戻れたの?」とサンド博士が、アスカに聞いてきた。
「サンド博士、私、元の世界に帰れました。アーノルドさんは、無事ですか? 伝えて欲しいの、私、アスカは、無事に元の世界に帰れたことを、そして、お父さんや、クニハルとも無事に会えたことを伝えてもらってもいいですか?」とアスカは、サンド博士にお願いをした。
「無事に帰れて安心したわ、きっとアーノルドも喜ぶわよ」とサンド博士は微笑み手を振って消えって行った。

 アスカは、ゆっくりと、目をあけてぼんやりと窓の外を見た。
車は、林道を抜けて、ちょうど、広い道に出るところだった。アスカは、助手席から外の景色を見ていると夜空の異変に気がついた。
 外には、光輝く天体が二つあった。まるで、月が二つ並びアスカを見下ろすように佇んでいる。
霞んだ目を擦りもう一度外を見ても情景は変わらない。
思わず「お父さん!」とアスカが叫んだ。

「どうしたんだ」とマコトがビックリした様子で聞いた。
「私、また別の世界に来たみたい! 早く本当の世界に帰らなくちゃ!」とまたアスカが叫んだ。
「家に帰ってるだろう。さっきから様子が変だぞ」とマコトも不安げに伝えた。
「だって、月が二つもあるなんて変じゃない!」とアスカは助手席の窓を指さしてマコトに伝えた。
「おお、本当だ。あれは、オリオン座のペテルギウスが超新星爆発を起こして光ってるんだ。月が二つに見えるのもそのせいだよ。今朝のニュースで超新星爆発がもうすぐかもしれないと言ってたけど、本当に起きたんだな。この瞬間に出会えるなんて本当に奇跡だぞ」と笑いながら話した。

「超新星爆発って凄い光なんだね」とアスカは答え、心の中で、この重力波に飲み込まれて次元を超えたんだと思った。
「帰ったら、またヤヒコがうるさいぞ」とマコトはまた笑った。

 家に着くと、案の定ヤヒコが、「お姉ちゃん、見た? 超新星爆発の光見た? ニュースでね。KAGRAが重力波捉えたんだって、アメリカのLIGOと同等の精度で捉えたんだよ。凄いことだよ」と言って来たので、「そう凄いね。私はその重力波に乗ってこっちに帰って来たよ」とアスカはヤヒコに伝えた。
「えっどうゆうこと、お姉ちゃん重力波に波乗り? そんなことできるの? 凄いね」とヤヒコは答えた。
 母親のフミカも出て来て、アスカの無事を確認して、「今、夕飯の支度してるからちょっと待ってね」また、台所に戻って行った。

 アスカは、手を洗いながら思い返していた。あの星はどこだったんだろう。
 二階に上がり、ヤヒコの部屋の扉を開けると、部屋には、浮き輪のような月のボールやロケットが天井からぶら下がり、本棚には、宇宙の図鑑、机には、新聞をスクラップしてる途中の記事があった。

「勝手に入ったらダメだよー」とヤヒコがドアにしがみついていた。
「ごめん、ちょっと調べものしていい? それにしてもここは凄い部屋だね」とアスカ。
「お姉ちゃんが宇宙なんて珍しい。ようやく宇宙に興味持ってくれたんだね。そら月が二つあったら驚くもんね」と言いてヤヒコは一階に降りて行った。
「お父さん、ヤヒコのいる前で私が月と勘違いして驚いたこと伝えたな」と恥ずかしくなりながら呟いた。

 アスカは星の図鑑を手にして、TA496を索引で確認したが、どこにもそのような星はなかった。次に、アスカは自分の部屋に入り、アスカが出会った人達や、バリアフィールド、重力制御装置などネットで検索したが、何も出てこなかった。
 その時、フミカが、下から、「ご飯出来たよ」とアスカを呼ぶ声がした。
「はーい」と言ってアスカが降りると、トンカツのいい匂いがした。
 マコトが、今日はうまいぞと言うと、フミカが今日もでしょと突っ込んでいた。

 アスカは寝る前に日記を書いた。
 何気ない日常は、億劫な時もあるけど、あの星の人達は、億劫な日も日常的な日々も一瞬で無くなった。今、ある日常が続くこと、それ自体が、一番の幸せかもしれない。

 その夜アスカは、また、夢を見た。
 サンド博士の研究室、サンド博士は、アーノルドとホログラムを見ながら何か話してる。
「四重螺旋構造から、二重螺旋にして、塩基を八つから四つにしましょう。私達のDNAは、この星の急速な進化に対応するべく脳の肥大ではなく、脳神経の灰白質の部分が拡大した。その結果、科学技術は爆発的に進み、まだ、若いこの星エネルギーを駆逐し、核が急速に冷え込んでしまった。しかし、この脳を持っていたからこそ、この星の核が冷えた後でも重力制御装置や、バリアフィールドの環境を構築できた。しかし、アーノルドの予測したように情報過多となり、ハルスのように制御困難なテクノロジーを生み出してしまう。急速な進化は、その星と、人類にとっても、互いに破滅の道へと突き進んでしまう。だから、この構造にして、その先の星で、その星の環境でじっくり星と共に育つようにしたい。私は、そう思ってこの二重螺旋構造とこの四つの塩基に絞り込んだわ。でも問題なのは、遺伝疾患が起こる可能性があるの。そこは出来る限り自己修正能力を入れたけど難しいところね」とサンド博士は話した。

「そうだね。私達の二の前になってはならない。急速な進化よりも生命を存続し続けることが、大切だ。カプセルは手のひらサイズで周りを岩にしよう。小型ロケットは水素エネルギーで打ち上げでき、その場所の成分と同化し、自己相似の形で増えるようにしておけば、やがて多種多様な生命が生まれる。そして、存続出来る環境下で外側の岩から必要な成分が溶けて行くようにしよう。これでどうかな」とアーノルドはサンド博士に説明しながらゴツゴツした石の中にカプセルを差し込んだ。
「いいわね、これにしましよう」とサンド博士。
「これは、私達がTA496で生きた証だ。絶対に成功させないと」とアーノルドは言った。

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