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虹色ドリーミング(第31回)

#創作大賞2024
#お仕事小説部門

【緑色 リナチー】

『マナ@リナチーズ
私リナちゃん推しで、将来はリナちゃんみたいなアイドルになりたいです。まだライブ行ったことないけど、いつか行ってリナちゃんとお話ししてみたいです』
 すごく嬉しいな。マナちゃんは東京住みの小学生の女の子。お酒を提供しているライブハウスにはなかなか来られないと思うけど、会いたいなあ。会って抱きしめてあげたい。男のファンだと、私が怒られてファンは出禁になりかねないけど、女の子ならきっと大目に見てくれるはず。
 今日は新曲『オンリーミー』の初披露。もちろん終了後はチェキ会。今日はユリポンに編み込みしてもらったから、いつもの五割増しくらいにかわいく盛れるかも。
「リナチー列はこちらになりまーす」
『飯田莉奈チェキ列最後尾』と書かれたボードが。リレーのように手渡されて列ぎどんどん長くなっていく。この光景もいつ見ても嬉しい。
 さて鍵開けは、安定のココD。ココDはいつもツーショットじゃなく、ソロチェキを希望する。理由は分からない。おっとニジドリ券4枚同時出し。この場合はチェキを4枚撮って2分間トークできる。
「ツーショット1枚で、あとはトークでいいです」
「あれ?珍しいね、ポーズの希望ある?」
「ハートでお願い」
 ココDが右手で作ったハートの半分と、私が左手で作ったもう半分を合わせる。
 テーブルへ移動して、キッチンタイマーを2分にセット。しゃがんでサインやメッセージを書きながらトークする。最初の内はこれがなかなか難しかった。
「今日はどうしたの?」
「……実は俺、オタ卒することにした」
「えっ!」
 どうして?口を突いて出そうになったけど、これは言っちゃいけない。
(やだ。やめないで)
 言いたい。けどこれも言えない。
「……そうなんだ」
「今までのチェキやグッズはマナちゃんにあげることになってる。俺がとっておくのは今日のこの1枚だけ。今までありがとうね、楽しかった」
 泣きそう。でも泣いちゃダメ。
「リナチーは俺の『人生最後の推し』だから」
 ピピピピピピ……
 タイマーが「お別れの時間が来ました」と知らせてくる。
「リナチーお渡しでーす」
「ココD。私こそありがとう。元気でね」
『今まで本当に本当にありがとう!大好き』ってかいたツーショットチェキを渡す。
「うん。じゃあね。リナチーこれからも頑張ってね」
 次の人が来ていたけど、私はココDの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
(人生最後の推し。推しってなんだろう)
 その後誰が来たとか、何の話をしたとかは全く覚えていない。
 終了後、社長が打ち上げをやろうと言った。一人かミオタンを誘って飲もうと思っていたから、ちょうどいいや。
 でも、なんかユキが大暴れなう。
「有希ってコンパでもこうなの?」
「有希は坊やだからさ」
 あっ!杏花のその台詞。推し。そうだ。
「その台詞、私も好き」
「シャアって言うことがイチイチかっこいいよねぇ」
「『己の出自を呪え』とか『当たらなければどうということはない』とかね。私が一番好きなのは『見せてもらおうか、〇〇の性能とやらを』ってやつ。ユニコーンで聞いた時、『キター!シャアが帰ってきたー!』ってなった」
「わかりみしかない。私はシャアじゃないけど『俺のこの手が真っ赤に燃える、アイツを倒せ轟き叫ぶ』とか『俺が、俺たちがガンダムだ!』かなぉ」
「ああ、アツい系ね。それならグレンラガンとコードギアス観た方がいいよ」
「うん、わかった。観てみるぅ」
 アニメ話のおかげで元気が出た。帰りの電車でスマホが震えた。
 社長からのLINE。
『莉奈、高校の時ドラムやってたって本当か?今でも叩けるか?』
 今でもたまに行くゲーセンで、ドラムマニアの最高難易度の曲をクリアできるから、腕は落ちていないはず。
『やってました。今でもできると思います』
『りょ』
 ドラムか。そうだ。推し。忘れていた。
 帰りにいつものコンビニに寄る。白い看板のこのコンビニだけ、お店に入るときにメロディーが鳴る。私はこれに「おかえりなさい、マイホーム」って歌詞を付けて脳内再生している。
 明日は何もないし、もう少しだけ飲もうかな。ビール、チューハイ……んー炭酸って気分じゃないなあ。ワインにしようかな。どれがいいのか分からないので、無難なお値段のを買う。ワインといえばチーズかな。リナチーズだし。
「ただいまー」
「ワンッ!」
 マルチーズの吉田さんに出迎えられてオタク帰宅。
 トランクを開けて、洗濯できる物は洗濯カゴへ。そうでない衣装やブーツはファブリーズをして定位置へ。部屋着に着替えて、お化粧を落として準備完了。何ってアニメや動画を観る準備。
 昨日の深夜アニメは起きてすぐに観たから、今日は実況プレイ動画でも観ようかな。いや、たまっているOVAを観よう。
「キャスバル兄さーん」
「アルテイシアー」
 うん。やっぱりそうだ。
 推し。他人におすすめしたくなるほど応援している人やもの。好きな人。憧れの人。
 私の人生最初の推しはこの人だ。
『元王子様。復讐に燃える男。通常の3倍のスピードで動いて、ルウム戦役で伝説になった赤い彗星シャア・アズナブルことキャスバル・レム・ダイクン』

 私には5歳年上の兄がいる。その兄がアニメとガンダムとゲームのオタク、つまりアニオタでガノタでゲーオタだったから、私も小さい頃からそれらに触れていた。最初は訳も分からず、ただロボットが戦ってるなあと思って観ていた。何歳か忘れたけれど、私は気付いた。
(こんなにかっこいいセリフを、恥ずかしげもなく言える男の人はこの人だけだ)
 周りの女子はみんな男性アイドルに夢中だったけれど、私にとってはその中にシャアよりかっこいいと思える人はいなかった。終盤に突然現れたララァというライバルに嫉妬した。
「お兄ちゃん、これの続きは?」
「それ、Zガンダム」
 ちょっとおじさんになっていたけれど、シャアのかっこよさは変わらなかった。私にとっては年齢はそれほど重要じゃないことが分かった。最終回まで観て
(シャアは脱出したはずだ、今回も絶対に生きてる)
 そう思って、続きだと思われる作品を、兄に黙って借りて観ていると、兄が言った。
「それ、シャア出てこないぞ。シャアが出てくるのはこっち」
 兄が持ってきたDVDを観て、シャアはロリコンだと分かった。でも
(これはマズい。いくらなんでもシャアは死んでしまったかもしれない。今回も何とか脱出していて。お願い、神様仏様富野様池田様)
「お兄ちゃん、これの続きは?」
「シャアが出てくるのはない。それで終わり」
「えっ……じゃあシャアは?」
「たぶん死んだと思う」
 こうして私の初恋は終わった。
「お兄ちゃん。シャアみたいな人が出てくるアニメって他にないの?」
 まあ、ないよな。
「あるよ、これ。ちょっと長いけど」
 あるのか!よし観よう。ん?ん!この人か?この人だ!私の二人目の推し。
『貧乏貴族出身。復讐に燃える男。銀河帝国軍の若き元帥。十二神将を従えて銀河を駆ける常勝の天才ラインハルト・フォン・ローエングラム』
 しかも中の人がベジータ。ベジータも王子様だしなかなかかっこいい。
(おのれ、ヤンめ。毎回毎回私のラインハルト様から一本取りやがって)
 この頃になると母が「そんな、子供が観るものばっかり観て」と言うようになった。
(何も分かってない。『独立戦争』とか『戦略と戦術の違い』とか『民主制と独裁制の違い』とか、子供が観たって分かるはずないのに。これは大人が観るものなのに)
 ちなみにラインハルト様亡き後、三人目の推しは
『植民地に捨てられた王子。復讐に燃える男。チェスで負けなしの天才。絶対服従の王の力を持つ男ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』

 ゲームも話題作は兄が買ってきたから、全部プレイした。母に「ゲームばっかりやって」と言われた。
(なんで絵を見たり、本を読んだり、映画を観るのはよくて、ゲームはダメなの?)
 深夜アニメも観るようになった。特に京都アニメーションのアニメにハマった。
『らき☆すた』のかなたに、貧乳はステータスって励まされた。
『ハルヒ』を観て、バンドや部活もいいなと思っていたところに、『けいおん!』が始まって、私に一番近いのは律かな、やるならドラムって思った。
 軽音楽部がある高校に入学して、ドラムを始めた。ドラムセットは買えないので、スティックだけ買って、家ではバッグを叩いて練習した。
「ドラムで食べていけるわけじゃない」
(なんでやってもいないのに決めつけるんだろう。なんで夢を見たらいけないの?)
『ラブライブ』を観て、アイドルに憧れた。でも何をするにしても、ここにいたら叶わない。卒業したら家を出て東京へ行こう。土日や長期休みはアルバイトに明け暮れた。
 きっかけはアニメでもゲームでもドラムでもアイドルでもよかった。たまたま最初にアイドルの夢が叶っただけ。私はアニメやゲームやアイドルが好きな飯田莉奈を認めて欲しかった。

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