2011/03/04「アウェー脳を磨け!」を読んで

2011年3月4日
茂木健一郎著、「アウェー脳を磨け!」を読んで
最終的には、すべてが“ホーム”になっている状態をめざす。これが本書の極意だと思う。
まず、“アウェー”、“ホーム”とは一体何のことを指しているのか。サッカーの試合でよく聞かれる言葉だが“アウェー”は国外での普段の環境とは違った慣れない対戦、“ホーム”は日本でのいつも慣れている場所で自由自在に動ける対戦といった意味だ。
本書ではこの表現をもじっている。“アウェー”の脳を磨くというのは、今まで自分が持っていたのとは全く違った価値体系の中へ飛び込むということだ。今までとは違った新しいことへ挑戦し、負荷をかけることで脳は成長するという。一方、“ホーム”において、脳は潜在的な能力を発揮する機会はなく、次第に脳の元気が無くなっていくという。
またそれと同時に、慣れ親しんだ“ホーム”という部分ばかりに注目して、全体である“アウェー”を見落としているのは非常に危険なことでもあると著者はいっている。部分ばかりに注目していると全体に問題が起こったときにうまく把握できずに共倒れになってしまう。全体の中に属する部分なのであるから当然のことだ。
本書は、今日本に元気がない、アウェー経験が足りないからだ、という冒頭から始まっているが、このことに、自分自身そして自分の身の回りから考えても同意できる。そしてこれは、今関わっている人たち、マンニャン族にも共通した問題であると思う。
日本人も、マンニャン族も、非常に狭い世界の中で生きている。今の日本では、海外に出て行こうとしている人が減っているという点や、外国人を受け入れたくないという風潮、外国人への冷たい待遇から見ても、アウェー経験、つまり違う価値体系の人々と関わっていくことを避けていることがよくわかる。
では、マンニャン族についてはどうか。マンニャン族はもともとミンドロに暮らしていたが、ローランダーの入植によって山の奥へと追いやられそのまま山岳地帯に閉じこもった。山岳地帯では狩猟採集によって生計をたて、町のローランダーとはほとんど関わりをもたず、マンニャン族独自の生活を保ってきた。ローランダーとの関わりがないので、社会への参加も、社会からの保証もなく、市場経済にもほとんど参加していない。教育を受けていないので、情報を読み解くこともできない。マンニャン族が暮らしているのは、マンニャン族以外の人との接点がほとんどない、非常に小さな“ホーム”なのである。
今、マンニャン族はグローバリゼーションの負の影響にさらされ、このまま何もしなければ必ず滅びるだろうと予測できる、非常に虚弱な存在だ。これまでは“アウェー”であるマンニャン族以外の社会や市場経済に挑まなくとも、自然の恵みだけで生きていくことができたが、グローバリゼーションの影響は容赦なく襲い、森林伐採によって山は禿げ山化、自然の恵みは底をつくといった状態だ。マンニャン社会に閉じこもったまま滅んでいくのか、“アウェー”に挑み、社会と関わりを持って生きていくのかの選択をせまられているのである。日本もこのまま内向的でいればマンニャン族のように滅びを向かえる可能性があるのだ。
この打開策は、一体何なのか。それは、自分の知っている価値観は、たくさんある価値観の中の一つなのだということに気づき、いろんな価値観を知るということである。そして、その価値観を認めて、受容できるようになれば、柔軟に生きていくことが可能になる。
これは言い換えれば、“アウェー”な世界を、ひとつずつ“ホーム”にしていく作業である。
“アウェー”脳を鍛え柔軟に生きる力をつけたい。

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