読書記録・2010/08/16「日本の米」を読んで
2010年8月16日
富山和子著、「日本の米」を読んで
歴史の力は強大である。これが本著を読んで最も深く心に刻まれた感想である。自分と歴史とは決して切り離して考えることはできない。自分自身を知るには、そして日本を知るには、これまで積み重ねられてきた歴史をひもといていくことで実現される。今ある私というのは、これまで培われてきた歴史という文脈の中で活かされており、確実に自分もそれを継承しているのである。そしてそれが、「米」だったのである。
日本人は、生きていくために「米」という栄養価の高い、小麦よりも少ない面積でたくさん収量の得られる穀物を選択し、人口を増やし、国を繁栄させてきた。生きていく糧である米を生産するために、水路を作り、水を“作る”ための森林を作ってきた。測量の技術、トンネル掘削の技術、用水の技術も米作りのために発展してきた。またこれらの作業は国土を改造していくことに他ならず、村を挙げて、藩を挙げて、国を挙げての一致団結が不可欠であった。この作業がまとまりのよさや一方で個を埋没させるという性格を築いてきた一つの要因であると言っていいだろう。
日本で米を元にして文化が発展したのは、米を作ることがまさに死活問題だったからであろう。人が動くとき、そこには生きるか死ぬかが関わっているに違いない。
マンニャン族が生きていくには、農業による食糧の生産は免れないという結論から、狩猟採取で暮らしてきた文化に割り入るかのように農業の技術指導を行っているが、誠に歴史の力は強大でなかなか人々はついてこない。大自然の恩恵によって暮らすという身に染みついた習慣は、そう簡単には変えられないのである。マンニャン族の人たちが農業による食糧生産に身を転身させるのは、本当に探せども食べるものがなくなった時なのかもしれない。しかし、これが太古の昔のできごとであればそれでも滅びることなく農業に転身できたかもしれないが、めまぐるしく環境が変化していく現在においては、マンニャン族の自然な心境の変化を待っていては民族が滅亡する道を歩むに違いない。
このような状況の中で、農業を広める唯一の方法といえるのは、目に見える形で農業が生きる手段になることを示すことである。想像ができないのであれば、目の前に示し、それをまねていくことで獲得する以外に方法はないだろう。
私は、これまで刻まれてきた日本の歴史の上に立ち、しっかりと日本人のアイデンテティが形成されている。にもかかわらず、農との乖離が生じており、今日本人としてここに立ち返るべき時がきていると思う。先人たちの知恵を借り、それを勉強して吸収して、マンニャン族とともに農業に取り組んでいこうと思う。
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